日経平均株価が史上初の5万円を突破しました。
長期デフレを脱し、企業業績が拡大する中で、株式市場は日本経済の「新しい常態」を映し出しています。
一方で、この株高が社会にどのような恩恵をもたらすのか、
そして誰がその恩恵を受け、誰が取り残されているのかという問いが浮かび上がっています。
株価上昇は経済の力強さを示す一方で、
富の偏在や格差の拡大という“影”を同時に生み出す可能性があります。
本稿では、株価5万円時代における社会的課題と、
それに向き合う企業の新しい責任について考えます。
1. 株価の恩恵は誰に届いているのか
2012年に1万円を下回っていた日経平均は、この10年余りで5倍に膨らみました。
上場企業の株式を保有する投資家や経営者層は大きな資産効果を得ましたが、
株を持たない層との間で資産格差が拡大しています。
経営陣が自社株報酬を通じて株高の恩恵を受ける一方、
現場を支える従業員や非正規労働者には、
賃金上昇が十分に波及していないという現実があります。
株高の象徴は、都市と地方の格差にも表れています。
企業本社が集中する大都市圏の雇用や所得が先行して回復する一方、
地方では賃金・投資の循環が遅れています。
株価が上がるほどに、「持つ人」と「持たざる人」の溝が広がっているのです。
2. 「株高は悪」という世論リスク
株価上昇は通常、経済の活力を示す指標とされます。
しかし、恩恵が一部の層に偏ると、
やがて「株高=格差の象徴」という逆風が生まれます。
米国ではリーマン・ショック後、
株価の上昇が富裕層のみに集中したことで「ウォール街対メインストリート」という対立が生まれました。
もし同様の世論が日本でも広がれば、
企業の積極的な成長投資や市場との対話が萎縮するおそれがあります。
社会の支持を得られない株高は、長続きしません。
政治と市場が「誰のための成長か」を問い直すことが求められています。
3. 包摂型資本主義と企業の責任
一方で、企業の側からは新しい取り組みも始まっています。
米KKRは、買収先企業の全社員に擬似的な自社株を配り、
利益が出れば全員で共有する仕組みを導入しました。
日本でも会計ソフト大手の弥生などが、
社員の貢献を可視化する新しいインセンティブ制度を試みています。
また、イオンは株主アプリを通じて個人株主と直接対話し、
投資教育と企業情報の共有を進めています。
こうした「共に育つ企業モデル」は、
株価上昇を一部の経営層だけでなく社会全体の信頼資本へと転換させる試みです。
投資家だけでなく、従業員・消費者・地域社会を含めたステークホルダー全体に
成果を還元できる企業が、次の時代の持続的なリーダーになるでしょう。
結論
株価5万円は、日本経済の復活を示す明るい象徴です。
しかしその裏側では、格差拡大や社会的分断というリスクも同時に進行しています。
これからの企業に求められるのは、単なる利益拡大ではなく、
「成長の果実をどう社会に還元するか」という新しい経営の姿勢です。
包摂型資本主義の実践を通じて、
企業が信頼と共感を得る経済モデルを築けるかが、次の10年の鍵となります。
株高が“社会の希望”として定着するか、“格差の象徴”として揺らぐか――
その分岐点に、今の日本経済は立っています。
出典・参考
- 日本経済新聞(2025年10月28日)
「変革期待、好循環生む 日経平均初の5万円」
「『愚かな株価5万円』のワナ」 - KKR、イオン、弥生各社の経営者発言(同紙記事引用)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
