未上場企業におけるJ-ESOP導入の実務と評価方法 ― 「人的資本経営」時代の株式報酬設計

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1. 未上場企業にも広がる「株式報酬」という選択

株式給付信託(J-ESOP)は、もともと上場企業の長期インセンティブとして発展した制度です。
しかし近年では、未上場企業・スタートアップにも導入が広がりつつあります。

背景にあるのは、次のような経営環境の変化です。

  • 優秀人材の採用・定着競争が激化
  • IPO(新規上場)を見据えた企業価値の「見える化」
  • 経営者と従業員の「成果共有」への意識の高まり

現金報酬に限界がある未上場企業こそ、自社株を活用したモチベーション設計が重要になっています。


2. J-ESOP導入の基本ステップ(未上場企業版)

ステップ内容実務上のポイント
①制度設計対象者・給付条件(業績・勤続年数等)を設定給与体系・人事評価制度との整合を取る
②株価評価自社株の時価を算定(第三者評価機関等)評価手法の合理性が税務上の鍵
③信託設定信託銀行等との契約を締結信託期間・給付スケジュールを決定
④株式取得信託が市場または会社から株式を取得未上場企業では「自己株式譲渡」が中心
⑤給付・税務処理給付条件達成後に株式を付与し、給与課税給与所得として源泉徴収対象

💡未上場企業の場合、株式の流動性が低いため「現金精算型J-ESOP(キャッシュESOP)」を採用するケースもあります。
これは株価上昇分を金銭で支給する方式で、実質的に株価連動報酬として機能します。


3. 株価評価の考え方 ― 「公正価値」をどう算出するか

未上場企業では市場価格が存在しないため、第三者機関による株価評価(Valuation)が必要です。
代表的な手法は以下の3つです。

手法概要向いている企業
DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)将来キャッシュフローを現在価値に割り引く成長企業・事業計画が明確な会社
類似業種比準法同業上場企業のPER・PBRを参考に算出同業上場データが豊富な場合
純資産法貸借対照表の資産・負債の時価を基に評価安定企業・事業拡大が緩やかな会社

⚖️ 税務上は「合理的評価方法」に基づいて算定した時価が求められます。
特にストックオプション制度と併用する場合、評価根拠を明示しておくことが重要です。


4. 会計処理と税務上の取扱い(未上場企業版)

(1)信託設定時

企業が信託に拠出した資金は「前払費用」として計上。
費用配分は信託期間(たとえば5年)で按分します。

(借方)前払費用 100,000,000  
 (貸方)現金預金 100,000,000

(2)費用配分

信託期間に応じて、損金算入していきます。

(借方)人件費(株式報酬費用) 20,000,000  
 (貸方)前払費用 20,000,000

(3)株式給付時

従業員に株式が給付された時点で給与課税。
時価評価額を基に源泉徴収を行います。

(借方)人件費 X円  
 (貸方)未払費用(源泉税等) X円

📌 企業は給与所得として損金算入可能。
従業員は時価相当額を給与所得として申告(源泉徴収・社会保険料の対象)。


5. 税務面の留意点

  1. 信託拠出金の損金算入時期
     拠出時ではなく、従業員に株式が給付されるタイミングで損金算入されます。
  2. 評価方法の一貫性
     年度ごとに異なる手法を用いると税務否認リスクが高まります。
     DCF法・比準法などを選んだら継続適用が原則です。
  3. 役員への給付は慎重に
     役員報酬の一部とみなされる場合、株主総会決議や有価証券報告書への開示が必要です。
  4. IPO時の株価上昇による再評価リスク
     上場直前に給付した株式が「著しく安い評価」と判断されると、課税当局から指摘を受ける可能性があります。

6. J-ESOP導入による効果と課題

メリット課題
・人材定着・採用の強化・評価コスト(数十万円~)がかかる
・人的資本投資の可視化・株式の流動性が低く、換金が難しい
・将来のIPO準備に有効・株式移転・売却制限の整備が必要

💬 税理士・FPとしては、「評価コストよりもモチベーション効果が上回るか」を見極めることが大切です。


7. 導入事例の傾向

  • 地方中堅メーカー:長期勤続を条件に少額の株式給付を実施
  • スタートアップ企業:IPO時の成功報酬としてJ-ESOPとストックオプションを併用
  • 医療・介護系法人:経営層向けインセンティブ+幹部登用制度と連動

導入費用の目安は500万円前後(信託設定・評価費用を含む)。
IPOを視野に入れる場合、3〜5年前から制度設計を始める企業が多く見られます。


8. まとめ ― 「未上場だからこそ」できる人的資本経営

J-ESOPは、株式市場に上場していなくても、自社の将来価値を社員と共有できる制度です。
導入にはコストと手間がかかりますが、それ以上に得られるのは「経営と現場の一体感」です。

  • 株価評価を正しく行う
  • 税務・会計処理を整える
  • 人事評価と連動させる

この3点を押さえれば、未上場企業でもJ-ESOPを十分に活用できます。
「自社株で報いる」文化を根づかせることが、次世代の人的資本経営の第一歩になるでしょう。


📘 出典・参考

  • 日本経済新聞「社員に自社株報酬 広がる」(2025年10月24日 朝刊)
  • 国税庁「株式給付信託に係る課税関係」
  • 金融庁「J-ESOP導入の手引き(未上場企業編)」
  • 法制審議会 会社法部会(令和7年度)議事録
  • 日本公認会計士協会『未上場株式の評価実務指針』

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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