有価証券報告書への一本化で何が変わるのか― 事業報告廃止が企業実務と株主総会にもたらす影響 ―

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上場企業の決算開示を巡り、大きな制度変更が検討されています。
法務省と金融庁は、会社法に基づく「事業報告」と金融商品取引法に基づく「有価証券報告書」を、有価証券報告書へ一本化することを企業が選択できるようにする方針を示しました。

決算期後の短期間に、内容が重複する二つの法定書類を作成してきた企業実務にとって、この見直しは負担軽減につながる可能性があります。一方で、株主総会の運営や監査スケジュール、開示のタイミングにも影響を及ぼします。

本稿では、有報一本化の狙いと背景、実務への影響、そして企業が今後検討すべきポイントを整理します。


有報と事業報告は何が違っていたのか

上場企業はこれまで、二つの法定開示書類を毎年作成してきました。

一つは、会社法に基づく「事業報告」です。これは株主総会での説明資料としての性格が強く、事業の概況や役員体制、ガバナンスの状況などが記載されます。株主総会の三週間前までに開示する必要があります。

もう一つが、金融商品取引法に基づく「有価証券報告書」です。投資家が投資判断を行うための財務情報・非財務情報を網羅的に記載する書類で、原則として決算期末から三か月以内に提出します。

両者は目的や法令が異なるものの、事業内容、業績、リスク情報など多くの項目が重複しており、企業の経理・開示部門では大きな負担となっていました。


一本化の制度設計と今後のスケジュール

今回の見直しでは、会社法のみで記載が求められていた事項を有価証券報告書に追加記載すれば、事業報告の作成を省略できる仕組みが検討されています。

対象となるのは、例えば社外役員の親会社からの報酬や活動状況など、これまで事業報告にのみ記載されていた情報です。具体的な整理方法は今後の議論に委ねられています。

法制審議会での検討を経て、会社法改正案が国会に提出される見通しで、早ければ2028年頃から企業が一本化を選択できるようになるとされています。


株主総会前開示を促す狙い

有報一本化の背景には、海外投資家からの強い要請があります。
議決権行使の判断材料として、株主総会前に十分な情報開示がなされるべきだという考え方です。

現在は、総会前に事業報告を開示し、総会直前または総会後に有報を提出する企業が多数を占めています。2025年3月期決算企業でも、総会前に有報を開示した企業は約6割にとどまり、多くは総会前日でした。

有報に一本化すれば、総会三週間前までに有報を開示する必要が生じます。これにより、株主がより十分な情報をもとに議決権を行使できる環境が整うと期待されています。


実務負担と監査への影響

企業実務の現場では、決算期後の短期間に書類作成と監査対応が集中し、月100時間を超える残業が発生するケースも珍しくありません。

一本化によって作成する法定書類が一つになれば、作業の重複は解消されます。また、監査業界からも、監査期間を十分に確保できれば監査品質の維持・向上につながるとの声が上がっています。

もっとも、有報自体の記載事項は今後も増加傾向にあり、サステナビリティ情報など新たな開示義務への対応は引き続き求められます。単純な「楽になる改革」ではなく、開示の質をどう確保するかが重要になります。


基準日と総会日程の見直しという波及効果

一本化により、有報を総会前に開示するためには、決算から総会までの期間をより柔軟に設計する必要があります。

そのため、議決権行使の基準日を従来の3月末から後ろ倒しし、総会開催時期も見直す企業が増える可能性があります。基準日から三か月以内に総会を開催するという会社法の枠内で、実務スケジュールの再設計が求められます。


結論

有価証券報告書への一本化は、単なる書類削減ではなく、日本企業の開示実務と株主との対話のあり方を見直す転換点です。

企業にとっては、作成負担の軽減と引き換えに、より早く、より質の高い情報開示が求められます。株主・投資家にとっては、議決権行使の判断材料が充実する一方で、情報を読み解く力も一層重要になります。

今後の制度設計と実務対応の行方は、コーポレートガバナンスの成熟度を測る試金石となりそうです。


参考

・日本経済新聞「有報に事業報告を一本化 決算の法定開示」
・日本経済新聞「有価証券報告書 財務・経営、投資家向けに開示」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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