2024年に始まった新しい少額投資非課税制度(新NISA)は、制度設計の面では極めて優れています。非課税期間が無期限となり、つみたて枠と成長投資枠を併用できる仕組みは、長期・分散・積立という資産形成の基本を支える大きな前進です。
しかし現実には、制度の整備が必ずしも行動変容につながっていません。「新NISA白書2024」によると、NISA口座の普及率は全体で24%にとどまり、18歳以上の4人に3人は口座を開設していないのが現状です。
投資格差の拡大と「動けない人」
「家計の金融行動に関する世論調査(2024年)」では、1年前より金融資産が増えた世帯は全体の約4割に達しました。その増加要因の多くは、株式や債券の価格上昇、配当・金利収入といった「投資による成果」です。つまり、投資を行っている層だけが資産増加の恩恵を受けており、投資格差が拡大しています。
それでも、なぜ残る76%の人々は動かないのでしょうか。金融知識の不足だけでは説明がつかない行動の背景に、「心理的な壁」が存在しています。筆者の調査でも、投資に踏み出せない層は「渋りすぎタイプ」と「怖がりすぎタイプ」に大別されます。
行動経済学が示す「心のバイアス」
行動経済学では、人は必ずしも合理的に行動するわけではなく、感情や直感に強く影響されるとされています。特に損失回避バイアス(利益よりも損失の痛みを強く感じる傾向)や現状維持バイアス(変化を避ける傾向)は、投資行動において大きな障壁となります。
日本人は長年、貯蓄を美徳とする文化の中で生活してきました。資産が減るかもしれないという恐怖が、投資の第一歩を妨げる「心の壁」として立ちはだかっているのです。
「感情リテラシー」という新しい視点
この壁を乗り越える鍵は、「感情リテラシー」の向上にあります。金融リテラシーが数字や制度を理解する力だとすれば、感情リテラシーは自らの心理傾向を認識し、行動を阻む感情をコントロールする力です。
例えば、買い物でつい支出が増える「使いすぎタイプ」には自動積立が有効です。逆に、投資に対して恐怖を感じやすい「怖がりすぎタイプ」には、少額から始める積立投資やシミュレーションによる成功体験の積み重ねが効果的です。
欧米の実践例と日本への示唆
欧米ではすでに、行動経済学やファイナンシャル・セラピー(心理学を応用した金融支援)を組み合わせた投資促進策が導入されています。たとえば、職場での自動積立制度や、心理的ハードルを下げる教育プログラムによって投資行動を自然に誘発する仕組みが成果を上げています。
日本でも、制度設計と心理設計の両輪が不可欠です。企業や学校での金融教育に加え、投資への感情的抵抗を緩和する支援体制を整えることで、「貯蓄から投資へ」の本格的な転換が進むでしょう。
結論
投資は数字の世界のように見えて、実は人の感情と行動の世界です。新NISAの真価を引き出すには、制度そのものよりも、「動けない人の心」に寄り添う仕組みが必要です。
制度と心理の両面から支えることで、ようやく日本の資産形成は“静かな革命”を迎えることができるのではないでしょうか。
出典
・日本経済新聞「投資は『心の壁』を乗り越えて」(2025年10月31日)
・新NISA白書2024
・家計の金融行動に関する世論調査(2024年版)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
