投資を始められない人の多くは、知識や情報が足りないわけではありません。問題は「心の壁」にあります。
この壁を乗り越えるには、数字や制度の理解だけでなく、自分の感情を認識し、うまく付き合う力――すなわち「感情リテラシー」が欠かせません。
本稿では、行動経済学や心理学の知見を踏まえながら、投資への恐怖をやわらげる実践ステップを紹介します。
1. 感情リテラシーとは何か
金融リテラシーが「制度や数字を理解し活用する力」だとすれば、感情リテラシーは「自分の感情の動きを理解し、行動をコントロールする力」です。
例えば、相場の上げ下げに一喜一憂したり、SNSの投稿に影響されて焦って売買したりするのは、感情リテラシーが十分でない状態といえます。
感情を排除することはできません。しかし、「感情が自分をどう動かすか」を理解しておけば、投資判断をより冷静に行えるようになります。
2. タイプ別アプローチ ― 自分の“感情のクセ”を知る
(1)渋りすぎタイプ
「今のままで十分」「投資はいつでもできる」と考え、なかなか動けないタイプです。
このタイプには、目的を具体化することが有効です。
たとえば、「10年後に教育資金を300万円用意する」「60歳までに毎月3万円の配当を得る」など、数字と期限を設定することで行動の方向性が明確になります。
(2)怖がりすぎタイプ
「お金が減るのが怖い」「失敗したくない」と感じ、投資を避けてしまうタイプです。
このタイプに効果的なのは、少額・長期・自動化の3つの原則です。
まずは毎月1000円からでも構いません。積立の自動設定を活用し、日々の価格変動を気にしない仕組みをつくることが第一歩になります。
3. 感情を整える3つの実践法
① 目的を「言語化」する
投資をする理由を明確に言葉にすることで、不安が減ります。
「将来のために」よりも、「老後20年間を安心して暮らすため」「子どもの大学費用を準備するため」と、より具体的な目的を意識しましょう。目的が“感情の羅針盤”になります。
② 少額で“慣れる”体験を積む
投資は最初の経験が何より大切です。
初めての買付で「価格が下がった」経験をしても、少額なら痛みは小さい。その経験を通じて、自分がどのように感じ、どう行動するかを知ることができます。
「練習としての投資」を重ねるうちに、相場の動きにも自然と慣れていきます。
③ 運用シミュレーションで“未来を見る”
投資が怖いのは「結果が見えないから」です。
金融機関や証券会社のシミュレーションツールを活用し、「年利3%で10年積み立てたらどうなるか」を視覚化すると、数字の裏に“未来の自分”が見えてきます。
心理学的にも、未来を具体的にイメージできる人ほど行動を起こしやすいことが分かっています。
4. 環境デザインで“投資を続けやすくする”
感情は環境に影響されます。
たとえば、職場でiDeCoや企業型DC(確定拠出年金)に加入できるなら、自動積立の仕組みを利用することで投資の継続が容易になります。
また、家族や同僚と目標を共有する「共同行動」も効果的です。心理学では、他者とのコミットメントが行動の持続を促すことが知られています。
5. 制度設計との融合 ― 感情に寄り添う仕組みへ
欧米では、職場NISA(Employer-Sponsored NISA)や行動経済学を応用した自動加入制度など、「人の心理に合わせた制度設計」が進んでいます。
日本でも、制度整備とともに、個人の心理に寄り添う教育・支援の仕組みが重要です。
投資教育を「知識」から「行動支援」へと広げることが、これからの金融リテラシー政策の柱になるでしょう。
結論
投資は数字の世界であると同時に、感情の世界でもあります。
恐怖をなくすことはできませんが、感情を理解し、整えることで、投資は“我慢”から“習慣”に変わります。
感情リテラシーを鍛えることは、投資だけでなく、人生のあらゆる意思決定を支える基盤になるのです。
出典
・日本FP協会「行動経済学と投資行動」講義資料(2024年)
・米国Behavioral Insights Team「Financial Behavior Interventions」事例集(2023年)
・金融庁 新NISA特設ページ
・日本経済新聞「投資は『心の壁』を乗り越えて」(2025年10月31日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
