公的年金は65歳から受給できますが、最大75歳まで繰り下げることができます。繰下げを選べば受給額は増えますが、繰下げ期間の生活費をどう賄うかが課題になります。
その際、「DC・iDeCoをいつ・どう受け取るか」は極めて重要な要素です。受取開始のタイミングによって、税・社会保険料・年金額・資産寿命に大きな差が生まれます。
第8回では、公的年金の繰下げとDC・iDeCoの受取をどう組み合わせるべきかを体系的に整理します。
1 まず押さえるべき「繰下げ年金」の基本
公的年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)は、
65〜75歳の間で受給開始時期を自由に選択できます。
- 1カ月繰り下げるごとに 0.7%増額
- 最大(65歳→75歳)で +84%の増額
増額率は非常に大きく、長生きする前提ならメリットが明確です。
2 繰下げ戦略で最大の課題は「65〜70歳の生活費」
繰下げるほど年金額は増えますが、
その分 早期の収入が減るため、
生活費の不足分をどの資産で補うかが重要な論点になります。
ここで大きく役割を果たすのが
DC・iDeCo・NISA・預貯金の組み合わせです。
3 DC・iDeCo受取を繰り下げるか、先に受け取るか
繰下げ戦略と組み合わせる際、DC・iDeCoの受取には次の三つの選択肢があります。
- DC・iDeCoを65歳以前に取り崩す
- DC・iDeCoを65歳以降に取り崩す
- DC・iDeCoを繰り下げて70歳前後に受取開始
それぞれのメリット・デメリットを比較していきます。
4 戦略①:公的年金は繰下げ、DC・iDeCoは“先に使う”
●特徴
- 65〜70歳はDC・iDeCoを中心に生活費補填
- 公的年金は70歳前後まで受給しない
- DC・iDeCo受取は一時金・年金どちらも選べる
●メリット
- 公的年金を最大化できる
- DC・iDeCoは受取開始時期を調整しやすい
- NISAの取り崩しと組み合わせれば社会保険料を抑えられる
- 受取資産をコントロールしやすい
●デメリット
- DC・iDeCoが早く枯渇する可能性
- 資産寿命は公的年金より影響を受けやすい
- 市場環境が悪ければ取り崩し効率が落ちる
●適した人
- 長く働ける・失業リスクが小さい
- 健康で長寿リスクに備えたい
- DC・iDeCo残高が多い人(800万〜1,200万円以上)
5 戦略②:公的年金の繰下げと、DC・iDeCoの繰下げを組み合わせる
●特徴
- 65歳で受給せず、70歳近くまで受取を遅らせる
- 資産はNISAや預貯金から取り崩す期が続く
- 受取時期は公的年金と類似する
●メリット
- 両方の年金が増額されるため“年金的収入”が強固になる
- 80歳以降の可処分所得が非常に安定する
- 長寿リスクに最も強い設計
●デメリット
- 65〜70歳の収入確保が難しい
- 給与がなくなると生活費が重荷になる
- 受取額を増やす代わりに資産取り崩しペースが早まる
●適した人
- 60代後半まで働ける見込みがある
- 年金生活に入っても支出が多い
- 老後の固定費負担が大きい(持病・住宅修繕など)
6 戦略③:公的年金は65歳開始、DC・iDeCoのみ繰下げ
●特徴
- 公的年金は通常どおり65歳から受給
- DC・iDeCoは70歳前後まで繰下げ
- 65〜70歳の収入源は公的年金+仕事+NISA
●メリット
- 生活費の安定性を確保しながら資産寿命を延ばしやすい
- DC・iDeCoの退職所得控除(または公的年金等控除)を最適化できる
- 個別事情に応じて柔軟性が高い
- 社会保険料の負担をコントロールしやすい
●デメリット
- 公的年金の増額効果は得られない
- DC・iDeCoの繰下げで運用リスクに晒される期間が延びる
●適した人
- 60代前半に収入が減る人
- 企業型DCの受取が大きい人
- 退職金との「10年ルール」調整をしたい人
7 繰下げ戦略×DC・iDeCoの「税・保険料」影響の要点
●(1)60〜64歳は国民健康保険料が高い
→ 年金受取を始めると保険料が増えやすい
→ 繰下げ戦略は国保と相性が良い
●(2)65歳から介護保険料が発生
→ 所得が増えるほど保険料区分が上がる
→ DC年金の受取額とのバランス調整が重要
●(3)退職所得控除の10年ルール
→ DC一時金と退職金の時期管理が必要
→ 繰下げ年金の開始時期と併せて調整する必要がある
●(4)NISAは繰下げ期の“所得調整口座”として極めて有効
→ 取り崩しても一切所得にならない
→ 保険料・税負担を最小限に抑えられる
→ 繰下げ資金として最も使いやすい
8 結論としての「黄金パターン」
現実的で、かつ多くの人が最適化しやすいのは次の組み合わせです。
◆黄金パターン(1)
公的年金:67〜70歳まで繰下げ
DC・iDeCo:65〜70歳は取り崩し or 年金受取開始遅らせる
NISA:65〜70歳の調整資金として活用
→ 税・保険料を抑えながら、70歳以降の収入安定性を最大化
◆黄金パターン(2)
公的年金:65歳開始(通常)
DC・iDeCo:70歳前後に繰下げて年金受取
NISA:65〜70歳の収入調整に使用
→ 無理なく資産寿命を延ばせるバランス型
◆黄金パターン(3)
公的年金:70歳以降
DC・iDeCo:60代後半に一時金で受取しつつ調整
NISA:流動性確保・保険料調整
→ 資産が十分にある人・長寿リスクへ強く備えたい人向け
結論
公的年金の繰下げは、老後の経済的安定を高める強力な手段です。しかし繰下げだけでは生活費が不足し、結果として資産寿命を縮めてしまう可能性があります。
そこで重要になるのが、
DC・iDeCoの受取時期とNISAの取り崩しを組み合わせて設計することです。
- DC・iDeCoを早めに受け取り、公的年金の繰下げ期間を支える
- DC・iDeCoを繰下げ、公的年金と合わせて70歳以降の安定性を高める
- NISAで所得調整し、税・保険料負担を抑える
この三つを組み合わせることで、繰下げ戦略は最も効果を発揮します。
老後の資金計画は、単一制度ではなく制度横断の統合設計が鍵になります。
参考
- 厚生労働省「老齢年金の繰下げ受給」
- 厚生労働省「確定拠出年金制度」資料
- 国税庁「退職所得控除」「公的年金等控除」
- 金融庁「NISA制度」資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
