「年収の壁」は、税制と社会保険の境目が複数あることから、働き手と企業双方に就業調整や人手不足をもたらしてきました。2025年の税制改正では、扶養控除の基準緩和や学生世代向けの新たな控除が導入され、2026年には社会保険側で大きな制度改正が施行される見通しです。本稿では、2026年度以降の見直し・統一化の方向性を整理し、FP・税務の実務にどのような影響が出るのかを分析します。
1.2025年税制改正:就業調整の緩和に向けた二つのテコ
2025年分(令和7年分)から、基礎控除の引き上げと給与所得控除の最低保障額の引き上げが実施され、扶養判定の「基準所得」も連動して緩みました。結果として、いわゆる“103万円の壁”は実務上123万円相当へ移行しています(基礎控除58万円・給与所得控除65万円)。あわせて、19〜23歳未満の学生等については、親側の控除を150万円相当まで段階的に確保できる新制度(特定親族特別控除)が創設されました。これにより学生バイトの就業調整を緩和する狙いが示されています。
2.社会保険:2026年に「106万円の壁」を撤廃へ
年金制度改正法の成立により、短時間労働者の賃金要件(いわゆる106万円の壁=月額8.8万円以上)を撤廃し、週20時間以上働けば企業規模にかかわらず被用者保険を適用する方向が示されています。賃金要件の撤廃は公布から3年以内に実施、企業規模要件は段階的に縮小・撤廃するロードマップです。これにより「社会保険の壁」を前提にした時間調整は制度面から解消に向かいます。
なお、当面の“つなぎ策”として、130万円の壁(被扶養者判定)に関しては一時的増収を事業主証明で説明できる場合、扶養継続を可能にする運用や、労働時間延長を促す助成金メニューの拡充が先行してきました。これらは制度本体の見直しに向けた暫定対応という位置づけです。
3.「統一化」論点:税と社保の境目をどう整えるか
2025年改正で税側の基準は123万円へ、学生世代は150万円相当まで親側控除を段階的に確保可能となりました。一方で社会保険は2026年以降、「収入金額」ではなく就労実態(週20時間以上)に軸足を移す設計です。結果として、
- 税側:所得控除・段階的控除で「手取り減の段差」を小さくする
- 社保側:加入要件をシンプル化し、働き方に中立化する
という役割分担型の統一化が志向されていると評価できます。
4.次の一手:給付付き税額控除(EITC型)の検討
就業調整の根本要因である「手取りの段差」をさらに平滑化する手段として、給付付き税額控除(EITC型)の導入が政策議論に上っています。低〜中所得層の可処分所得を滑らかに引き上げ、消費税の逆進性緩和や就業インセンティブの強化につなげる狙いです。与野党や政府内で検討が進む一方、財源の確保と実務運用(所得把握・マイナ連携等)が主要な課題です。
5.実務インパクト:企業・家計はどう備えるか
- 企業(人事・労務・給与)
2026年以降は「週20時間以上=原則社保適用」というシンプルな判定が主軸になります。シフト設計は“年収額ベースの壁回避”から、“就労実態ベースの適用管理”へ転換が必要です。周知・同意取得のプロセスや、保険料負担の人件費計画への組み入れが重要になります。 - 家計(働き手・FP相談)
税側は123万円・学生世代150万円(親側控除の段階維持)の枠組み、社保側は加入メリット(医療・年金)の可視化がポイントです。短期手取りと長期保障の複数年シミュレーションが、壁越えの意思決定を後押しします。
結論
2025年の税制改正は「税の壁」を滑らかにし、2026年以降の年金制度改正は「社保の壁」を制度面から解消する方向です。これにより、“金額の段差”と“加入要件の複雑さ”という二つの壁は、段階的に小さくなっていきます。
同時に、給付付き税額控除のような所得再分配の強化策が実現すれば、働き手はライフステージに応じて“壁を恐れずに働ける”環境に近づきます。
企業は就労実態ベースの適用判定と人件費計画のアップデートを、家計側は税・社保・将来年金を一体で比較する「見える化」を進めることが、移行期の実務対応として求められます。
出典
- 財務省「令和7年度税制改正の大綱/概要(基礎控除・給与所得控除、特定親族特別控除)」
- 厚生労働省「年収の壁への対応」「年収の壁・支援強化パッケージ」
- 厚生労働省「年金制度改正法:被用者保険の適用拡大(106万円の壁撤廃・企業規模要件の段階撤廃)」
- NRIコラム「高市政権の社会保障制度改革と給付付き税額控除」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
