所得税の非課税枠、いわゆる「年収の壁」を巡る議論が、2026年度税制改正に向けて大詰めを迎えています。
自民党と国民民主党は、非課税枠を178万円まで引き上げる案を軸に協議を続けていますが、論点は単なる金額の引き上げにとどまりません。
上げ幅を優先するのか、それとも対象となる人を広げるのか。さらに、その財源をどう確保するのか。
年収の壁を巡る今回の調整は、家計の負担感だけでなく、税制全体の持続可能性を映し出すテーマでもあります。
年収の壁とは何か
所得税の「年収の壁」とは、納税者全員が受けられる基礎控除と、会社員などが対象となる給与所得控除の下限を合算した非課税枠を指します。
この枠を超えると所得税が発生するため、パートやアルバイトを中心に「働き控え」の要因として長年議論されてきました。
現行制度では、基礎控除は年収に応じて5段階に分かれており、年収200万円以下の層が最も手厚い控除を受けられます。
給与所得控除と合わせた非課税枠は160万円が上限となっています。
自民党案の軸は「物価連動」
自民党は今回の改正で、基礎控除と給与所得控除を消費者物価指数(CPI)に連動させ、2年に1度引き上げる仕組みを導入する方針です。
直近2年間でCPIはおよそ6%上昇しており、単純計算では非課税枠は約8万円引き上げられることになります。
この仕組みが定着すれば、インフレ局面でも実質的な税負担が自動的に調整されることになります。
物価上昇下での「隠れ増税」を防ぐという点では、制度設計として一定の合理性があります。
国民民主党が重視する「対象拡大」
一方、国民民主党は非課税枠を178万円まで引き上げることを公約に掲げてきました。
その根拠は、年収の壁が103万円とされた1995年以降の最低賃金の上昇率です。
ただし、国民民主が特に問題視しているのは、恩恵を受ける人の範囲です。
現行制度で最も大きな非課税枠が適用される年収200万円以下の層は、就労者全体の約5%にすぎません。
これでは、中間層にまで十分な減税効果が及ばないという認識です。
そのため党内では、枠の引き上げ以上に、年収要件を緩和して対象を全体の8割程度まで広げるべきだという意見も強まっています。
浮上する財源問題
今回の議論で目立つのは、財源に関する具体的な議論が乏しい点です。
物価上昇に伴う自然増収を前提とする考え方が中心ですが、基礎控除の引き上げ幅を大きくしたり、非課税枠の対象を大幅に広げたりすれば、必要な財源は1兆円を超える可能性があります。
年収の壁の是正は「減税」として評価されやすい一方で、社会保障費が増え続ける中で、恒久的な税収減をどう補うのかという課題は避けて通れません。
政治日程と予算編成への影響
年収の壁を巡る協議は、2026年度予算案の行方にも直結します。
参院で過半数を持たない与党にとって、国民民主党の協力は不可欠です。
補正予算での協力実績も踏まえ、今回の税制改正が今後の政権運営に与える影響は小さくありません。
結論
年収の壁を巡る今回の議論は、「いくらまで引き上げるか」という数字の問題に見えがちです。
しかし実際には、誰をどこまで支援するのか、物価上昇に税制をどう適応させるのか、そして財源をどう確保するのかという、税制の基本設計が問われています。
引き上げと対象拡大のどちらを優先するのか、その選択は家計の可処分所得だけでなく、今後の財政運営の方向性をも左右します。
年収の壁の決着は、単なる減税策ではなく、日本の税制がインフレ時代にどう向き合うのかを示す試金石になると言えるでしょう。
参考
・日本経済新聞「年収の壁」週内決着へ詰め(2025年12月14日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

