年収の壁と企業実務 ― データで支える人件費管理と源泉徴収対応

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「年収の壁」は、パート・アルバイトの採用やシフト管理に大きな影響を与えています。
税制上と社会保険上で異なる「扶養内の年収ライン」が存在し、企業の人件費計画や源泉徴収実務にも複雑な調整を迫ります。
とくに時給上昇が続く近年、勤務時間を減らす「働き控え」が早い時期から発生し、現場の労務管理負担が増大しています。
こうした状況のなかで、企業が制度を理解し、データに基づいて柔軟に対応することが求められています。

1.扶養の「壁」は複数存在する

税制上の扶養(所得税法上の扶養控除)と社会保険上の扶養(被扶養者認定)では、適用基準が異なります。

  • 所得税法上の扶養控除ライン:年収103万円(給与所得控除55万円+基礎控除48万円)
  • 配偶者控除・配偶者特別控除の上限:150万円・201万円
  • 社会保険の扶養ライン:一般的に年収130万円未満(従業員501人以上の企業では106万円基準)

このため、パート・アルバイトの勤務時間や給与単価が変わると、税務と社保の両面で判定がずれやすくなります。
給与担当者は「税法上の103万円を守っても、社保では106万円を超える」などの齟齬を見逃さないように、定期的なシミュレーションが必要です。


2.企業実務での対応例 ― データベースによる可視化

外食大手のすかいらーくホールディングスでは、全国の店舗スタッフ約10万人の年収や勤務時間をデータベース化し、店長が「あと何時間・いくらまで働けるか」をリアルタイムに確認できる仕組みを導入しました。
給与データを1円単位で管理し、年収上限を超過しないように自動警告を出すシステムです。

加えて、税制・社会保険の基準変更にあわせて、2024年から2025年にかけて約100回のオンライン勉強会を開催。
学生・主婦などの勤務区分ごとに扶養条件を解説し、社会保険加入のメリット(保険給付・年金加入)も周知しました。
この結果、勤務時間は前年度比で約3万4000時間増え、社会保険加入者も約800人増加。人手不足の改善にもつながっています。

このような「情報共有と見える化」は、源泉徴収担当者の負担軽減にも寄与します。年末調整時の扶養控除申告書の内容確認や、社会保険の資格取得・喪失手続がスムーズになるからです。


3.税理士・経理担当者が押さえるべきポイント

企業側が「年収の壁」に的確に対応するためには、以下の3点が実務上の要諦となります。

  1. 勤務データの可視化と年収見込み管理
     従業員ごとの勤務予定をもとに、年末時点での支給総額を自動算出。超過リスクを早期に把握する。
  2. 源泉徴収・社会保険の両立チェック
     所得税の源泉徴収簿と月額算定基礎届のデータを突き合わせ、扶養判定基準のずれを防ぐ。
  3. 扶養喪失時の説明・文書対応
     社会保険加入が必要となる場合、本人・配偶者・親など関係者への説明責任を明確化し、書面で同意確認を取ることが望ましい。

税理士としては、顧問先の人件費計画や源泉徴収の年次業務において、これらの運用ルールが実際に機能しているかを点検することが重要です。
とくに「103万円超」「106万円超」「130万円超」の境界をまたぐ従業員が多い企業では、定期的なモニタリングとガイドライン整備が不可欠です。


結論

年収の壁は、労働市場全体の課題であると同時に、企業の人件費管理と税務・社会保険実務の課題でもあります。
制度を誤解したままシフト調整を行うと、想定外の社会保険料負担や源泉徴収漏れにつながるリスクがあります。

データをもとに年収・勤務時間を見える化し、正しい制度理解を社内に浸透させることこそ、安定的な雇用と税務リスクの回避につながります。
税理士・経理担当者は「壁の存在を前提とした調整」ではなく、「壁を越えても働きやすい仕組みづくり」を支援する姿勢が求められます。


出典

  • 日本経済新聞「<お金のリアル>年収の壁(中)『あと8万円働ける』」(2025年11月8日)
  • 財務省「所得税法上の扶養控除制度の概要」
  • 厚生労働省「被扶養者認定基準の見直しに関する資料」
  • 日本年金機構「適用拡大に関する事業主向けリーフレット」

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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