物価上昇が続く中で、「少しでも家計を助けたい」と働き始める人が増えています。
しかし、働き方を選ぶ際に避けて通れないのが「年収の壁」です。
とくに子育て世代では、時間や家族の事情が関わり、単なる「税と社会保険の問題」だけでは語れない現実があります。
1. 「フルタイムは無理」から始まる働き方の模索
東京都内に住むAさん(40)は、2人の幼い子どもを保育所に預けながら再就職活動をしています。
かつて税理士事務所で働いていましたが、夫の転勤で退職。再就職を考えた理由は、物価高による家計の圧迫でした。
食費や光熱費などの生活費は毎月35~40万円。学資保険料などを含めると余裕はほとんどありません。
「自分の将来を考えれば正社員がいいけれど、今は子どもを優先したい」。
そう話すAさんは、限られた時間の中で短時間勤務の職場を探しています。
将来の年金増よりも、「いま家計を支える」ことを優先し、社会保険料を抑える選択をしているのです。
2. 年収の壁は「制度」だけでなく「生活」と直結
いわゆる「年収の壁」は、税や社会保険料の負担が増えて手取りが減るラインを指します。
代表的なのは「106万円の壁」と「130万円の壁」です。
106万円は従業員51人以上の企業で、月収8.8万円以上かつ週20時間以上勤務する場合に社会保険の加入が義務付けられます。
130万円は、配偶者の扶養から外れる基準です。
2025年度は最低賃金の引き上げが予定され、全国どこでも週20時間働けば月収8.8万円を超える見込みです。
つまり「週20時間働けば社会保険加入になる」構図がより広がることになります。
しかし現実には、子育てや介護などで「週20時間の勤務」すら難しい人も多いのです。
3. 「年収の壁」は「家族の壁」でもある
派遣社員のBさん(39)は、週3日・13.5時間勤務。仕事にやりがいを感じつつも、勤務時間を増やすのは難しいといいます。
その理由は、子どもの習い事や送迎。夫は自営業で平日の対応ができません。
「年収の壁は“家族の壁”でもある」とBさん。
働き方を制限しているのは、制度だけでなく、家庭内の分担や社会の仕組みそのものでもあるのです。
短時間勤務やパートタイムで働く多くの女性が直面するのは、「収入を増やしたい」という気持ちと「家族を優先したい」という現実の板挟み。
そのギャップが、結果として労働力不足や女性のキャリア停滞にもつながっています。
4. 「壁」を超える支援とは
政府は「年収の壁支援パッケージ」を通じて、社会保険料負担の一部を企業が肩代わりできる仕組みを設けています。
しかし、現場の声を聞くと、「そもそも勤務時間を増やせない」という問題が根底にあります。
制度の整備だけでなく、柔軟な働き方や地域の支援体制の拡充が不可欠です。
テレワークやシフト制の柔軟化、保育時間の延長など、現実的なサポートが「壁」を低くする鍵になるでしょう。
結論
「年収の壁」は、単なる所得ラインではなく、家庭と社会の両面にまたがる問題です。
家計のために働きたいという気持ちと、家族を支えたいという思い。
その両立をどう支えるか――これからの社会の大きな課題といえます。
出典
- 日本経済新聞「<お金のリアル>年収の壁(上) 勤務延長に『家族の壁』」(2025年10月31日付)
- 厚生労働省「年収の壁・支援強化パッケージ」資料
- 総務省「労働力調査」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

