「子どもが大きくなったから、もう少し働きたい」。こうした希望を持つパートタイム労働者にとって、社会保険加入は老後の安心につながる大切なステップです。しかし現実には「会社側の都合」で働く時間を抑えるよう求められてしまうケースが少なくありません。
本稿では、社会保険加入にともなう企業負担の仕組みと、それが「年収の壁」の背景でどのように作用しているかを整理します。また、働く側・雇う側双方が前向きに選択できるポイントについても解説します。
◆ 社会保険加入で企業負担はどう変わるのか
パート従業員が厚生年金保険や健康保険に加入すると、企業には保険料の半額負担が生じます。一般に、
社会保険未加入の従業員と比べると、人件費は約1.2倍に増える
とされ、加入者が増えるほど企業の負担も大きくなります。
とくにパートタイムの従業員が多い小売業・サービス業では、この企業負担が経営判断に直結します。その結果、労働時間を週20時間以上に延ばして社会保険に入りたい従業員がいても、会社側が難色を示すケースが生まれます。
◆ 働く側の「もっと働きたい」が叶わない現実
関東地方の30代女性Aさんは、子どもの生活が落ち着いたことをきっかけに、スーパーでの勤務時間を増やそうと考えました。週20時間以上働けば社会保険加入の対象になるため、将来の年金増額も期待できます。
しかし職場から返ってきたのは、
「社会保険に入るならフルタイムで。難しいなら20時間未満に抑えてほしい」
という予想外の答えでした。
企業側にとっては「負担増」という理由がありますが、働く側にとってはキャリアと生活の両立に向けた重要な一歩です。ファイナンシャルプランナーの立場から見ても、Aさんのような相談は増えており、
「社会保険加入を歓迎する会社を選ぶ」という視点が重要になりつつある
と言えます。
◆ 福利厚生を重視する企業ほど、人材が集まる時代へ
一方で、積極的にパート従業員を社会保険へ加入させる企業も増えています。
鍼灸整骨院向けの予約システムを運営するクロスリンクでは、従業員の約半数が女性であることも踏まえ、働く環境の整備に注力してきました。卵子凍結休暇の導入など、ライフイベントに寄り添う制度も特徴です。
同社は来年1月からパート従業員も社会保険に加入予定で、
「社会保険に入る方が長期的に安心して働ける。結果的に定着率が上がる」
という狙いがあります。
求人募集でも「社会保険加入」のメリットを明示したところ、
・健康分野に関心を持つ20代女性
・将来的に正社員を目指す人材
などが応募し、人手不足の中でも安定して採用できているとのことです。
◆ 企業にとっては「投資」、従業員にとっては「安心」
インフレが続き、労働市場全体が不安定な時代では、企業も従業員も未来への備えを意識せざるを得ません。
企業にとって社会保険料負担は確かに“追加コスト”ですが、
人材確保・定着・スキル蓄積という長期的リターンを生む投資
とも言えます。
同時に従業員にとっては、
・老後の年金が増える
・傷病手当金や出産手当金などの保障が広がる
など、働く安心につながる大きなメリットがあります。
「年収の壁」は、個人の手取りだけでなく、企業の負担構造とも密接に関わっています。今は企業側も「壁」を越えられるかが問われている時期にあります。
結論
社会保険加入の議論は、パート労働者の働き方と手取りの問題にとどまりません。企業側の負担や経営判断、さらには人材確保にも影響する“構造的なテーマ”です。
働く側は「社会保険加入に前向きな企業」を選ぶ視点を持つことで、長期的な安心を得やすくなります。企業側も負担増だけでなく、人材定着や採用競争力といった中長期のリターンに目を向けることが重要です。
インフレ時代にこそ、お互いの立場を理解しながら「壁」を越えていく働き方が求められています。
出典
・日本経済新聞「年収の壁(下)雇用主にも人件費1.2倍の壁」
・厚生労働省資料(社会保険制度・適用拡大関連)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

