■「退職しない起業」という新しいキャリアのかたち
起業というと「会社を辞めて独立する」イメージが強いですが、最近はその常識が変わりつつあります。
所属企業を退職せずに、新しい会社を立ち上げる「出向起業」という方法が登場しているのです。
アイデアを持つ従業員が、ベンチャーキャピタル(VC)など外部から資金を自ら調達し、出向という形で新会社を設立します。
安定した会社員の身分を保ちながら、企業の信頼や技術を背景に自らの構想を実現できる仕組みです。
■東レ発のアパレル「MOONRAKERS」──出向起業の成功例
東レ出身の西田誠氏が2023年に立ち上げた
MOONRAKERS TECHNOLOGIES(ムーンレイカーズテクノロジーズ) は、出向起業の代表的な事例です。
東レの先端素材を活用し、「もうこれしか着れない」と消費者から絶賛されるアパレルを展開。
D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)方式で販売し、わずか2年で売上は5倍に成長しました。
西田氏は「公平性が重んじられる大企業の中では新規事業が進みにくい」と感じ、
思い切って起業の道を選びました。
それでも「出向」という形を取ることで、東レとの信頼関係を保ちながら挑戦を続けています。
■経産省も後押し──最大1000万円の補助金
出向起業の制度を後押ししているのが、経済産業省の「出向起業等創出支援事業」です。
2020年度に始まり、最大1000万円の補助金を新会社に支給します。
2024年度は21件、累計64件が採択されています。
条件としては、
- 出向元企業の出資比率は20%未満
- 資金調達は起業者自身または外部(VCなど)
- 給与は出向元・出向先双方で調整可能
など、柔軟な仕組みとなっています。
■広がる事例──自動車からリサイクルまで
たとえば、
- Carjany(カージャニー):東京海上日動火災の渡辺裕太氏が2024年に創業。複数メーカーの車を試乗できるアプリで、会員数は1万人を突破。
- DO・CHANGE(香川県善通寺市):清水建設の岸本暉弘氏が出向し、銅線リサイクル事業をガーナやケニアで展開。
いずれも「大企業の技術・信頼・ネットワーク」を背景に、社会課題の解決に挑んでいます。
■出向起業の魅力と課題
◎メリット
- 安定した雇用を保ちながら新事業に挑戦できる
- 大企業のブランド・知見・人脈を活用できる
- 起業後に戻る選択肢もある(リスクの軽減)
△課題
- 出向元と新会社の利害調整が難しい
- 報酬体系や知的財産の扱いが曖昧になりやすい
- 成功後に「戻るか・独立するか」の判断が迫られる
特に、社内での公平性や人事評価とのバランスが課題として残ります。
「出向起業した人だけが特別扱いでは?」という空気をどう乗り越えるかも、企業文化の成熟が問われます。
■「会社員×起業家」という新しい生き方へ
働き方の多様化が進む中、
「終身雇用」か「独立」かという二択の時代は終わりつつあります。
出向起業はその中間に位置する“実験的なキャリアモデル”と言えるでしょう。
たとえば、企業で培った技術やノウハウを社会課題の解決に活かしたい人、
あるいは起業に興味はあるけれどリスクが不安な人にとって、
「出向起業」は大きなチャンスになります。
■FP・税理士の視点から見た「出向起業」のポイント
今後は、こうした形の起業にも税務・社会保険・給与の整理が求められます。
出向元と出向先の給与・報酬の扱い、社会保険の加入先、持株比率の調整など、
専門的なサポートが欠かせません。
個人としては、
- どこまでを会社員の給与所得として扱い、
- どこからを事業所得・配当所得として区分するか、
が税務上の重要ポイントになります。
「出向起業の設計段階から、税理士・社労士・弁護士がチームで関わる」
そんな時代がもう来ているのかもしれません。
■まとめ:「挑戦する人を、会社が応援する」時代へ
かつての「安定」だけでは、組織も人も生き残れない。
いま求められているのは、社員が挑戦し、企業がそれを支える仕組みです。
出向起業は、日本企業に眠る技術や人材の力を社会に解き放つ手段として注目されています。
そしてその裏には、「会社員でも、起業家でもある」
人生100年時代の新しい働き方のヒントが隠れています。
出典:2025年9月19日 日本経済新聞 朝刊
「大企業辞めずに『出向起業』、埋もれる技術に光 支援の仕組みは手探り」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

