日本は「国民皆保険制度」を掲げ、誰もが医療を受けられる仕組みを整えてきました。
しかし現実には、外国人住民にとって医療へのアクセスは依然として高い壁があります。
言葉や文化、在留資格、そして経済的な要因が重なり、制度の“すき間”に取り残される人が少なくありません。
この問題は単なる医療政策ではなく、共生社会の成熟度を映す鏡でもあります。
医療アクセスに立ちはだかる3つの壁
外国人が日本で医療を受ける際、しばしば次の3つの壁に直面します。
① 言語・文化の壁
「症状を説明できない」「医師の説明が理解できない」――。
こうした場面は少なくありません。
医療通訳の制度化は進んでおらず、多くの自治体ではボランティア頼みの状況が続いています。
文化や宗教上の配慮(たとえば食事制限や男女別診療)にも、医療現場が十分に対応できていないケースがあります。
② 経済的な壁
国民健康保険に未加入、あるいは保険料未納によって資格証明書の交付を受けている場合、医療費は全額自己負担になります。
ちょっとした受診でも数万円が必要になり、結果として「病院に行かない」選択を迫られる人が増えています。
支払い不能のまま帰国したり、滞在資格を失う事例もあります。
③ 制度・情報の壁
「どこの病院で受けられるのか」「通訳はあるのか」といった情報が十分に届いていません。
厚生労働省は多言語ポータルサイトを設けていますが、地域差が大きく、現場レベルでは周知が追いついていません。
この情報格差が、都市部と地方の医療アクセス格差を広げています。
地域ごとの取り組みと課題
東京や大阪などの大都市圏では、自治体や医療機関が独自に多言語医療支援センターを設置し、通訳・案内を行っています。
東京都では「外国人医療相談センター」が24時間対応し、英語・中国語など14言語で相談を受け付けています。
一方で、地方では支援体制が整っていない地域も多く、外国人患者の受け入れをためらう医療機関もあります。
特に農業・製造業で働く技能実習生が多い地域では、医療機関までの距離や交通手段の問題が深刻です。
また、医療通訳に関する人材育成が進んでおらず、地方では「通訳費を誰が負担するか」という課題が残っています。
コロナ禍で浮き彫りになった制度の限界
新型コロナウイルスの感染拡大時には、外国人労働者が検査やワクチン接種を受けられない事例が多数報告されました。
在留資格や保険の有無に関係なく対応する方針が示されましたが、現場の混乱は大きく、
「通訳がいない」「案内が届かない」「不安で受診を避けた」といった声が相次ぎました。
この経験は、制度の“設計上の公平性”と“現場での実効性”が必ずしも一致していないことを浮き彫りにしました。
政府の対応と国際的な動き
政府は2024年、内閣官房の「外国人政策事務局」を中心に、医療アクセスの改善を検討し始めました。
特に注目されるのは、
- 医療通訳の公的資格制度の創設
- 医療情報のデジタル多言語化
- 保険未加入者への支援策(特別給付制度)の検討
また、国際的にはカナダやドイツなどが「多文化医療政策」を進めており、
言語・宗教・文化を考慮した医療サービスを行政主導で整備しています。
日本でも、これを単なる「外国人支援」ではなく、「多文化共生社会の医療基盤」として位置づけることが重要です。
共生社会における医療のかたち
外国人に限らず、誰もが安心して医療を受けられる社会とは、制度と現場の両輪が機能している社会です。
行政が支援の枠組みを整え、医療機関が多様な背景をもつ患者を受け入れ、
地域住民が互いを理解する――それが本当の意味での「共生医療」です。
医療アクセスの改善は、外国人だけでなく高齢者や障害者、生活困窮者にも恩恵をもたらします。
つまり、「共生社会の医療」とは、すべての人にとっての“社会保障の底力”を高める取り組みなのです。
結論
外国人の医療アクセス問題は、単なる「言葉の問題」ではなく、制度・情報・地域格差が複雑に絡む社会課題です。
国籍や在留資格にかかわらず、安心して医療を受けられる仕組みを整えることは、
「国民皆保険」の理念を未来へつなぐための責任でもあります。
共生社会における医療のあり方は、支援の対象を限定するものではなく、
すべての人が安心して生きられる社会の土台を築く挑戦です。
出典
- 厚生労働省「多文化共生のための医療体制整備ガイドライン」(2024年版)
- 日本経済新聞「外国人医療アクセス、地方で格差拡大」(2025年4月)
- 東京都福祉保健局「外国人医療相談センター」
- 内閣官房「外国人政策事務局 年次報告」
- WHO “Health for All in Diverse Societies”(2024)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
