国民健康保険の未納問題と自治体の苦悩 ― 公平性と制度の持続性をどう守るか

FP

国民皆保険制度のもと、日本ではすべての人が何らかの医療保険に加入することが義務づけられています。
そのなかでも、自営業者やフリーランス、無職の人などが加入する「国民健康保険(国保)」は、地域単位で運営されるため、自治体の徴収体制が財政を左右します。
近年、この国保保険料の未納が深刻化し、とりわけ外国人居住者が多い自治体では、徴収と周知の両面で新たな課題が浮上しています。


新宿区の「滞納対策課」が動き出す

2025年4月、東京都新宿区は約40人の専従チーム「滞納対策課」を設置しました。
背景には、同区の国保納付率が73.1%にとどまり、特に外国人世帯の納付率が52.7%と半数程度に低迷している現実があります。
区民の13.5%が外国人という多様な地域ならではの難しさが浮かび上がっています。

滞納対策課では、催告書の送付や電話による呼びかけを行い、応じない場合には預貯金や給与の差し押さえも検討します。
こうした強い対応の裏には「制度の公平性を守る」という大義があります。
しかし、外国人住民の中には「制度そのものを理解していない」「国保の仕組みを知らない」という人も多く、言語や文化の壁が未納の一因になっていることも否めません。


外国人対応と多言語化の現場

新宿区ではホームページを120言語に対応させ、窓口では16カ国語の通訳システムを導入しています。
ただ、徴収業務には人手がかかり、すべての自治体が同様の体制を整えられるわけではありません。
群馬県大泉町ではポルトガル語やスペイン語の通訳を雇用し、栃木県小山市では外国語対応が可能な民間事業者に電話催促を委託しています。
それでも、転居や帰国によって行方が分からなくなるケースも多く、徴収には限界があります。


財政負担と制度への信頼

厚生労働省によると、全国の国保未納額は年間約1,400億円に上ります。
国保財政を支えるために市区町村が一般会計から繰り入れた税金は1,220億円にのぼり、国保に加入していない人の税金も投入されています。
「滞納者の分を税金で穴埋めする」構造は、制度への不信感や公平性への疑念を生みかねません。

一方で、外国人の医療費支出は全体の1.4%程度に過ぎず、財政への影響は限定的との指摘もあります。
しかし、社会的な分断や偏見を防ぐためには、納付率という数値の改善だけでなく、制度の理解促進が不可欠です。


政府の対応と今後の方向性

政府は2027年度から、国保の滞納情報を在留資格の審査に活用する方針を示しました。
未納が続くと医療費が全額自己負担になるだけでなく、在留資格を失う可能性もあります。
ただし、制裁的な措置だけで問題が解決するわけではありません。
まずは、未納が生じる原因をエビデンスに基づいて分析し、支援と徴収を両立させる政策が求められます。


結論

国民健康保険の未納問題は、単なる「滞納者の問題」ではなく、社会全体の信頼と制度の持続性に関わる課題です。
外国人の増加や働き方の多様化が進むなかで、「徴収」と「支援」をどう両立するかが問われています。
国と自治体、そして地域社会が連携し、理解促進と公平な負担の実現を目指すことこそ、国民皆保険を未来へ継承する第一歩といえるでしょう。


出典

  • 日本経済新聞「国保滞納、悩める自治体」(2025年11月2日)
  • 厚生労働省「国民健康保険事業年報」
  • 東海大学 堀真奈美教授(社会保障論)
  • 関西学院大学 井口泰名誉教授(労働経済学)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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