2025年の金融市場では、これまで当たり前とされてきた「国債は最も安全な資産である」という前提が静かに揺らぎ始めています。
米国や欧州を中心に、財政赤字の拡大や政治の不安定化が続くなか、国債よりも高格付け企業が発行する社債の方が「安全」と評価される場面が現実のものとなってきました。
国債と社債の利回りが逆転する現象は、新興国では珍しい話ではありませんでした。しかし、フランスや米国といった主要先進国で広がり始めた点に、今回の変化の本質があります。
国債と社債の関係はどう理解されてきたか
これまで債券投資の世界では、国債は「無リスク資産」に最も近い存在とされてきました。
国家は課税権を持ち、通貨を発行する権限もあります。理論上、企業よりも返済能力が高いと考えられてきたのです。
そのため、社債の利回りは国債利回りを基準に、企業固有の信用リスクや流動性リスクを上乗せした水準で決まるのが常識でした。
どれほど優良な企業であっても、国債よりわずかに高い利回りを求められるのが当然だったのです。
「国家より安全な企業」が現れた理由
ところが近年、この前提が崩れ始めています。
欧州では政治的な混乱が長期化し、財政再建策が思うように進まない国が増えています。フランスも例外ではなく、国債の格下げリスクが常に意識される状況です。
一方で、グローバルに事業を展開する大企業の中には、特定の国家に依存しない収益構造を持つ企業が増えました。
財務体質が健全で、安定したキャッシュフローを生み出す企業は、投資家から見て国家よりも信用できる存在になりつつあります。
欧州では、エアバス、アクサ、ロレアルなどの社債が、フランス国債より低い利回りで発行される局面が確認されました。
これは、企業の信用力が国家の信用力を上回ったと市場が評価した結果です。
米国債でも起きた利回り逆転
市場関係者をさらに驚かせたのは、米国債でも同様の現象が起きたことです。
最高格付けを維持するマイクロソフトの社債利回りが、同じ償還期限の米国債利回りを一時的に下回りました。
米国債は2025年に最高格付けを失い、財政運営や政治の分断に対する懸念が高まっています。
一方、マイクロソフトは潤沢な資金力と高い収益性を維持しており、投資家は「国家より企業の方が安全」と判断したわけです。
財政悪化という「慢性疾患」
国際機関の分析でも、先進国の財政悪化は一時的な問題ではないことが示されています。
国際通貨基金によれば、先進国の政府債務残高はGDP比で年々上昇する見通しです。
日本は水準こそ高いものの改善傾向が見込まれていますが、米国やフランスでは増加が続くと予測されています。
この状況を、運用会社ピクテ・ジャパンのストラテジストは「財政悪化は慢性疾患のように国家の信用力をむしばむ」と表現しています。
急激な破綻ではなく、時間をかけて信認が低下していく点が、投資家にとって最も厄介な問題です。
結論
国債は今なお重要な投資対象であり、「すぐに危険な資産になった」という話ではありません。
しかし、「国家だから無条件に安全」という前提は、もはや通用しなくなりつつあります。
財政規律、政治の安定性、中央銀行の独立性といった要素を冷静に見極めなければ、国債であっても信用リスクを内包する時代に入ったと言えるでしょう。
企業債と国債を明確に分けて考えるのではなく、「誰が、どのような構造で返済能力を維持しているのか」を横並びで評価する視点が、これからの債券投資には求められます。
参考
・日本経済新聞「Moneyゆく年くる年(下) 債券、国家より企業が『安全』」
・国際通貨基金 財政モニター
・ゴールドマン・サックス、LSEG 各種市場データ
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
