医療・介護保険改革はなぜ失速したのか――給付抑制と保険料負担の現実

FP

医療や介護の保険制度を巡り、給付と負担の見直しが繰り返し議論されてきました。高齢化の進行と医療技術の高度化により、社会保障費は年々膨張しています。一方で、現役世代の保険料負担は重く、賃上げが進んでも手取りが増えにくい状況が続いています。

2025年12月、厚生労働省は医療・介護保険制度の改革案を取りまとめました。高額療養費制度やOTC類似薬の見直しが柱とされましたが、保険料の圧縮効果は限定的で、「給付抑制の失速」との評価も出ています。本稿では、この改革案の内容と、その意味するところを整理します。

医療分野の改革と限界

医療分野での最大の論点は、高額療養費制度の見直しです。高額療養費制度は、一定額を超えた医療費の自己負担を抑える仕組みであり、重い医療費負担から家計を守る役割を果たしてきました。

今回の改革では、所得区分を細分化したうえで、月額の自己負担上限を段階的に引き上げる方針が示されています。たとえば、年収650万~770万円程度の層では、上限額が現行から約4割引き上げられる見込みです。70歳以上の外来特例についても、上限額の引き上げが予定されています。

一方で、がんや難病など長期治療を要する患者を想定した「多数回該当」の仕組みについては、限度額を据え置く判断がなされました。患者団体や野党からの反発を踏まえ、負担増を最小限にとどめた結果です。

これらの見直しによる医療給付費の抑制効果は、累計で約1,600億円と見込まれています。当初案と比べると、改革の規模は大きく縮小しており、制度の持続可能性という観点では力不足との指摘もあります。

OTC類似薬見直しの実際

もう一つの柱が、OTC類似薬の自己負担引き上げです。OTC類似薬とは、市販薬と同様の成分や効能を持ちながら、医療保険が適用されている医薬品を指します。

今回の案では、77成分・約1,100品目を対象に、薬剤費の4分の1を上乗せ負担とする方針が示されました。保湿剤や抗アレルギー薬など、日常的に処方される薬も含まれます。医療費の抑制効果は約900億円とされますが、保険料換算では約450億円程度にとどまります。

連立与党の一角である日本維新の会は、OTC類似薬を保険適用から外すことで、1兆円規模の医療費削減が可能だと主張していました。しかし、患者負担への配慮から、保険適用自体は維持されました。この判断も、改革効果を限定的なものにしています。

介護保険改革の先送り

介護保険制度では、サービス利用料の2割負担の対象拡大が最大の論点でした。しかし、この改革は今回も先送りされ、4度目の見送りとなりました。医療分野で高齢者の負担増が見込まれる中、負担の重複を避ける判断が背景にあります。

本来、介護保険の2割負担拡大は、保険料抑制策として一定の効果が期待されていました。最大で110億円程度の圧縮効果が見込まれていましたが、その実現は不透明なままです。制度の持続可能性を重視する立場からは、先送りを惜しむ声も強く上がっています。

診療報酬引き上げと保険料負担

改革の失速感を強めている要因として、診療報酬の大幅な引き上げがあります。政府は2026年度の診療報酬改定率を全体でプラス2.22%とし、本体部分は3.09%と30年ぶりの高い伸び率となりました。

背景には、インフレや人件費上昇で経営が厳しくなっている医療機関の存在があります。特に高度な医療機器を用いる大病院では赤字が目立ち、一定の報酬引き上げは不可避とされています。

ただし、診療報酬が2%引き上げられると、保険料負担は約5,000億円増加すると試算されています。歳出抑制策が十分に講じられなければ、この分は保険料として国民に跳ね返ります。

社会保険料と今後の論点

社会保障負担率は、賃上げや企業業績の改善を背景に一時的に低下傾向にあります。しかし、2026年度からは少子化対策の財源として、医療保険料に上乗せされる子育て支援金の徴収も始まります。

給付抑制が進まない一方で、保険料は着実に積み上がる構図です。支払い能力のある高齢者の負担見直しや、給付と負担の再設計を避け続ければ、将来的に負担率が再び上昇する可能性は否定できません。

結論

今回の医療・介護保険改革は、給付抑制と負担軽減の両立を目指しながらも、政治的配慮や反発への対応により、効果は限定的なものとなりました。診療報酬の大幅引き上げと相まって、現役世代の保険料負担が軽くなる局面は見えにくい状況です。

社会保障制度の持続可能性を確保するためには、給付抑制か負担増かという二者択一ではなく、制度全体の設計を中長期的に見直す視点が求められます。先送りを重ねるほど、選択肢は狭まっていくことを、私たちは改めて意識する必要があります。

参考

・日本経済新聞「医療や介護、給付抑制失速 高額療養費・OTC類似薬の改革案、保険料圧縮2000億円どまり」(2025年12月26日朝刊)
・厚生労働省 社会保障審議会 医療保険部会・介護保険部会資料


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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