1. 株式は“事業の成果”であり、“相続財産”でもある
IPO(新規株式公開)やM&Aを経て得られる株式資産は、
創業者にとって「人生の成果」であり「次世代への財産」でもあります。
しかし、上場や承継を契機に、
- 株価の急騰による相続税負担の急増
- 売却益への譲渡所得課税
- 親族間・経営陣間での持株分散リスク
といった問題が顕在化します。
上場を「ゴール」ではなく「財産設計の転換点」として捉えることが、
創業者・経営陣の次のステージを守る鍵です。
2. 株式譲渡と課税の基本構造
| 区分 | 内容 | 税率 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 譲渡所得(上場株式) | 上場後に市場で売却した際の利益 | 20.315% | 分離課税、確定申告不要(特定口座) |
| 譲渡所得(非上場株式) | M&A・親族間譲渡などでの売却益 | 20.315% | 時価算定が必要 |
| 相続税・贈与税 | 生前・死亡時の株式評価額に課税 | 最大55% | 評価額が大幅変動する点に注意 |
💡 株式は「評価次第で税負担が数倍変わる」資産。
とくに上場前後や事業承継期は、評価・課税の両面から戦略設計が必要です。
3. 上場前後の「株式譲渡」戦略
IPO直前や上場後に創業者が株式を売却する場合、
「課税タイミング」と「株価変動」の読み違えが大きな差を生みます。
(1)上場前に譲渡する場合
- 株価評価は未上場株式評価(DCF法・比準法等)
- 売却益に譲渡所得税(20.315%)が課税
- 相対的に株価が低いため、税負担を軽減できる
- ただし、インサイダー取引・関連当事者取引の審査対象
(2)上場直後に売却する場合
- 公開価格を基準に時価評価
- 売却益が一気に膨らみ、税負担が大きくなる
- ロックアップ期間(90〜180日)中は売却不可
- 売却時期を分散し、平均課税を避けるのが実務上のポイント
📈 上場前後の「1株あたり評価額の変化」は10倍以上になることも。
譲渡時期の設計が、税負担のコントロールに直結します。
4. 創業者株の相続税評価と節税の考え方
非上場株式の相続税評価は、財産評価基本通達(通達180〜)に基づいて行います。
| 評価方式 | 内容 | 適用対象 |
|---|---|---|
| 原則的評価 | 類似業種比準価額法または純資産価額法 | 同族会社株式 |
| 特例的評価(配当還元価額法) | 配当・利益・簿価基準 | 少数株主・非支配株主 |
| 相続税の納税猶予制度(特例事業承継税制) | 承継後も事業継続で税の猶予・免除 | 後継者1名、要認定申請 |
🧭 未上場企業の場合、「支配株主(50%超)」か「少数株主」かで評価方法が変わります。
相続対策では議決権構成と持株比率のコントロールが極めて重要です。
5. 生前贈与と信託の活用による株式移転
株式を早期に次世代へ移転する場合は、以下の方法が考えられます。
| 方法 | メリット | 留意点 |
|---|---|---|
| 贈与(毎年110万円以内) | 少額贈与でコツコツ移転 | 長期分散が必要 |
| 相続時精算課税制度 | 2,500万円まで非課税で贈与可 | 相続時に再計算(税先送り型) |
| 家族信託(民事信託) | 経営権を保ちながら承継可能 | 契約設計に専門性が必要 |
| 遺言信託 | 死後の承継意思を明文化 | 信託報酬・管理コストあり |
💬 特に「家族信託+事業承継税制」は、創業者に人気の組み合わせ。
経営権を手放さずに、将来の相続税を圧縮することが可能です。
6. 事業承継税制の活用ポイント(特例承継計画)
現行の特例事業承継税制は、
後継者が株式を引き継ぐ際、相続税・贈与税の100%納税猶予を受けられる制度です。
主な要件
- 中小企業基本法の中小企業であること
- 後継者が代表権を取得し、5年間事業継続
- 特例承継計画を都道府県に提出(期限:令和9年3月31日まで)
💡 この制度は「納税免除」ではなく「猶予」。
事業を途中で廃止した場合、猶予分が一括課税される点に注意が必要です。
7. 経営陣持株会・役員持株の整理
上場企業では、役員・従業員が株式を保有する「持株会」を通じた持分管理が一般的です。
創業者や経営陣も、IPO後の持株比率調整・売却制限対応のために信託・持株会経由の保有が推奨されます。
| 目的 | 対応策 |
|---|---|
| ロックアップ解除後の売却管理 | 信託銀行を通じた分散売却契約 |
| 社内情報の漏洩防止 | 社員持株会の運営規程整備 |
| 相続時の遺産分割リスク軽減 | 信託化・持株整理で統制を維持 |
8. 海外移住・資産防衛スキームの注意点
かつては「シンガポール移住で上場益非課税」といった節税策が話題になりました。
しかし、出国税制度(国外転出時課税制度)により、
含み益に対して出国時に課税されるため、現在は実効性が低下しています。
| 制度 | 内容 | 適用対象 |
|---|---|---|
| 国外転出時課税制度 | 株式含み益に課税(1億円超保有者) | 出国時に譲渡課税 |
| 国外財産調書制度 | 5,000万円超の海外資産を報告 | 罰則あり |
🚫 海外スキームによる“租税回避的節税”は、上場企業経営者にはリスクが高すぎます。
税務透明性と企業の評判リスクを天秤にかけるべきではありません。
9. 実務で押さえるべき「5つの対策ポイント」
1️⃣ 上場・承継のタイミングに合わせた株価評価の把握
2️⃣ 議決権と資本の分離設計(黄金株・種類株式の活用)
3️⃣ 事業承継税制+信託を組み合わせた長期戦略
4️⃣ 個人・法人間の売却益課税の違いを理解
5️⃣ 上場後の開示リスクとコンプライアンス遵守
10. まとめ ― 創業者の「次の一手」は“株をどう残すか”
株式は、創業者が築いた企業の象徴であり、
同時に、次世代へ託す「最も税務的に難しい財産」でもあります。
上場・承継・引退という節目ごとに、
- 株式をいつ、誰に、どの方法で渡すか
- 税金をどの時点で、どの範囲で支払うか
この2点を軸に、税理士・信託銀行・弁護士がチームで支える体制が理想です。
🌱 創業者にとっての“出口戦略”は、同時に“承継戦略”でもあります。
株式を通じて、次世代へ企業の価値と理念を引き継ぐ。
それが、真の「株式相続」対策です。
📘 出典・参考
- 日本経済新聞「社員に自社株報酬 広がる」(2025年10月23日 朝刊)
- 国税庁『財産評価基本通達』・『出国税制度の解説』
- 中小企業庁「特例事業承継税制の手引き(令和6年度版)」
- 金融庁「IPO経営者のための税務・開示ガイド」
- 日本公認会計士協会『株式承継に関する実務指針』
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
