出向起業がもたらす“企業変革の最前線”― 人材育成・制度設計・公平性という新たな課題

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■「辞めずに起業」の流れ、さらに広がる

いま、大企業の中で「辞めずに起業する」動きが静かに広がっています。
所属企業に籍を残したまま新会社を立ち上げる――それが「出向起業」です。

制度が始まってから数年。
東レ、富士通、NTTドコモなどの大手企業が本格的に仕組み化し、
経済産業省の補助制度(最大1000万円)も後押し。
累計で60件超の新会社が誕生しました。

「社内にいては挑戦できない」「でも退職までは踏み切れない」――。
そんな優秀なミドル層・専門人材に“第三の選択肢”を与えたのが出向起業です。


■東レ発「MOONRAKERS」──成功モデルの象徴

その象徴的な成功例が、
東レの先端素材を使ったアパレルブランド
「MOONRAKERS TECHNOLOGIES」です。

創業者の西田誠氏は東レに籍を残したまま、
D2Cモデル(消費者へ直接販売)で事業を急拡大。
「もうこれしか着れない」と支持を集め、売上は2年で5倍に。

西田氏は語ります。

「公平性を重んじる大企業の中より、外に出てスピード感を持って動く方が合っていた。」

これはまさに、
「社内では動かせないけれど、会社の信頼を背に挑戦する」
という出向起業の本質を体現しています。


■富士通・ドコモなど、大企業が制度化に踏み出す

最近では、富士通やNTTドコモが出向起業制度を社内制度として導入しました。

  • 富士通 → ブルーカーボンに取り組む「BLUABLE」を誕生させた
  • ドコモ → ファッションコーディネートアプリを新会社として展開

両社はアントレプレナー教育(起業家教育)も実施し、
社員のアイデア発掘から事業化までを体系的に支援しています。

富士通の担当者はこう語ります。

「たとえ自社と直接シナジーがなくても、未踏領域に挑戦してほしい。」

出向起業はもはや「社外ベンチャー」ではなく、
“人材育成の一環”として位置づけられ始めたのです。


■信頼とブランドを“借りる”力が事業を後押し

出向起業家たちは、出向元の企業ブランドを大いに活用しています。

  • 「カージャニー」では、東京海上日動の信頼性がディーラー協業を促進
  • 「BLUABLE」では、富士通営業担当者が顧客開拓に同行

つまり出向起業とは、
「企業の信頼を“個人の起業力”に変える仕組み」とも言えます。


■課題①:出向期間と“出口戦略”の不透明さ

ただし、制度としての整備はまだ途上です。
出向期間は多くの企業で3〜5年
問題は、その「出口」をどう設計するかです。

  • IPO(株式上場)するのか
  • 出向元に事業を戻すのか
  • 売却・M&Aするのか
  • 起業家本人の報酬・株式はどう扱うのか

これらが明確に定まっていないケースがほとんど。
東レのMOONRAKERSでも、西田氏と東レが“協議のうえで都度決定”している状況です。

現場の声としては、

「事業が成功しても、会社に戻る道しか用意されていない」
という不安もあります。


■課題②:成功と失敗の“公平性”

もう一つの課題は、「同期格差」の問題です。

出向起業が成功すれば、数年で億単位のリターンを得る人も出てくる。
一方で、社内で堅実に働く社員との報酬格差が生じれば、
「なぜあの人だけ報われるのか」という感情が組織に波及します。

特に日本企業は「公平性」を重視する文化が根強く、
この“成功者の報酬設計”が、今後の最大の課題になりそうです。


■課題③:人事制度・知財・評価のグレーゾーン

出向起業では、

  • 知的財産(技術・ノウハウ)は誰のものか
  • 出向先の実績を社内評価にどう反映するか
  • 出向中の給与・社会保険・税務の扱いをどう整理するか

など、法務・人事・税務が絡むグレーゾーンが多く存在します。

特に「出向元の出資比率20%未満」「報酬の二重払い」などは、
会社法・税法・労働法のバランスが求められる領域です。


■FP・税理士の視点:制度設計に“お金の透明性”を

出向起業を制度として成熟させるには、
お金の流れとリスクの見える化が不可欠です。

  • 給与・出向報酬の課税関係
  • VC出資時の持株比率・株式評価
  • 失敗時の損失処理(雑損控除・事業廃止損)
  • 成功時のキャピタルゲイン課税

これらを「個人」「法人」「出向元企業」それぞれの立場で設計する必要があります。
出向起業の広がりとともに、税理士・FPが企業制度設計のパートナーになる時代が来ています。


■まとめ:「出向起業」は“個人の挑戦”から“企業文化の進化”へ

出向起業の第一世代は、いままさに試行錯誤の真っ最中。
しかし、この流れは確実に日本の企業文化を変えつつあります。

かつては「会社に残るか、辞めて起業するか」しかなかった選択肢が、
いまは「会社とともに起業する」という第三の道に広がりました。

制度整備・公平性・報酬設計という課題を乗り越えたとき、
出向起業は単なる制度ではなく、“企業と個人の共進化モデル”になるでしょう。


出典:2025年10月6日 日本経済新聞 朝刊
「『出向起業』で事業創出 富士通・NTTドコモなど制度整備進む」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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