◆ 「ため込む経営」から「活かす経営」へ
金融庁が2026年半ばに改訂を予定しているコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)。
上場企業に対して、現預金をため込みすぎず、適切に活用しているかを説明する責任を求める方向です。
背景にあるのは、企業が抱える巨額の現預金。
東証プライム上場企業の現預金残高は115兆円(2025年3月期末)にも達します。
インフレ環境では、現金を保有しているだけで「実質的な目減り」が起きます。
この問題意識は、上場企業に限らず中小企業経営にも共通するテーマです。
経営資源をどこに、どう振り向けるか――。
“守り”一辺倒の財務から、“攻めと守りのバランス”を考える時代に入っています。
◆ なぜ現預金が積み上がるのか
中小企業の現預金が増える背景には、次のような事情があります。
- コロナ禍での資金繰り対策(実質無利子・無担保融資の残高が残っている)
- 設備投資や採用に慎重になり、投資機会を逃している
- 取引先の支払い遅延や景気後退への備えとしての「心理的安全資金」
もちろん、「現金を持つこと」自体が悪いわけではありません。
むしろ、一定の流動性確保は健全な経営の基本です。
しかし、過剰な現預金は資本効率を下げ、企業価値の成長を鈍化させるリスクにもなります。
◆ 高市政権のメッセージ:「内部留保の使い道を明示せよ」
高市早苗首相はかねてから、企業の現預金・内部留保の使い道に問題意識を持ってきました。
2021年の著書では「企業の現預金に1%課税すれば2兆円の税収になる」と言及。
2024年の自民党総裁選でも「内部留保を活かす経営の必要性」を訴えています。
現段階では中小企業への直接的な課税議論には至っていませんが、
「資金を動かさない企業」への風当たりは今後、確実に強まるとみられます。
◆ 成長投資・人的資本・DX ― お金を“生かす”3つの方向
では、中小企業は「内部留保」をどこに使えばよいのでしょうか。
キーワードは次の3つです。
① 成長投資(新製品・新サービス開発、M&Aなど)
既存事業の改善だけでなく、新しい収益の柱づくりが重要です。
小規模M&Aや外注先の吸収など、攻めの資金活用が企業の将来を左右します。
② 人的資本投資(人材育成・採用)
金融庁も「人的資本の開示」を重視しています。
社員のスキルアップ支援や賃上げは、“費用”ではなく“投資”という発想に転換を。
③ デジタル投資(DX・AI活用)
業務効率化や経理の自動化、データ分析ツールの導入など、
「AIを使う中小企業」と「使わない中小企業」の差は急速に拡大しています。
これもまた、将来の収益力を高める「攻めの投資」です。
◆ 実例:資金配分を“見える化”した企業
上場企業では、資金配分(キャピタルアロケーション)を開示する動きが進んでいます。
- セブン&アイ・ホールディングス:総額7.5兆円の資金を創出し、
株主還元2.8兆円・成長投資3.2兆円を公表。 - マツキヨココカラ&カンパニー:1000億円超の現預金を原資に、
成長投資2000億円を中期計画に明記。
これを中小企業に置き換えれば、
「今後5年間での資金配分を経営計画に明文化する」ことが、
社内外への信頼を高める第一歩になります。
◆ “守りの資金”と“攻めの資金”を分ける
実務上は、まず「必要最低限の手元流動性」を数値化することがポイントです。
- 売上の○か月分を安全資金として確保(例:2~3か月分)
- それを超える現預金は「活用資金」として投資や借入返済に振り向ける
- 将来の資金繰りシミュレーションを定期的に更新
こうした考え方は、「キャッシュマネジメント」や「資金効率化」として、
金融機関からの評価にもつながります。
◆ 「説明責任」は上場企業だけの話ではない
金融庁の指針は「コンプライ・オア・エクスプレイン」――
守るか、守らない理由を説明せよ、という仕組みです。
中小企業も同じです。
株主がいなくても、社員・取引先・金融機関といったステークホルダーに対して、
「なぜ資金を使わないのか」「どう使うのか」を説明できる経営が求められています。
◆ 結び ― 内部留保の“質”が企業の未来を決める
企業統治改革は、これまで日本の株価を押し上げてきた原動力でした。
その流れは今、中小企業の内部留保のあり方にも波及しています。
内部留保を「ためる力」から「活かす力」へ。
経営者の判断ひとつで、企業価値は大きく変わります。
📘 出典・参考
2025年10月22日 日本経済新聞朝刊「企業現預金100兆円にメス」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

