働き方改革の現在地 裁量労働制と「裁量の質」をどう考えるか

FP
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働き方改革の議論のなかで、近年とくに注目を集めているテーマの一つが「裁量労働制」です。
裁量労働制は、本来であれば「仕事の進め方や時間の使い方を自分で決められる人」に適した制度のはずです。しかし実際には、

  • 経営側:柔軟な働き方が生産性向上・経済成長につながる
  • 労働側:長時間労働が助長される、健康や生活が守られない

という、真っ向から対立するイメージが存在しています。

本稿では、厚生労働省の大規模調査に基づく分析結果を手がかりに、裁量労働制の実態と課題を整理しながら、「裁量」の中身や質に踏み込んで考えてみたいと思います。

1 裁量労働制をめぐる議論の経緯

裁量労働制は、一定の専門業務や企画業務について「実際の労働時間」ではなく「みなし時間」で賃金を支払う仕組みです。
長時間労働を抑えつつ、自律的な働き方を可能にすることが本来の狙いですが、一方で「時間管理が緩むことによる長時間労働の温床ではないか」という懸念も根強くあります。

2018年の労働基準法改正の際には、対象業務の拡大をめぐる議論が一度盛り上がりました。しかし、審議の過程で依拠データの不備が明らかになり、関連部分は法案から削除されました。
その反省から厚生労働省は専門家を交えた検討会を立ち上げ、裁量労働制の実態を把握するための大規模調査(約9万人対象)を実施しています。

この調査では、裁量労働制の適用者と、同じ種類の仕事をしている非適用者を比較することで、制度の影響を丁寧に分析しています。

2 「裁量あり」のはずなのに長く働く?

調査結果をもとにした分析から、まず次のような傾向が見えてきます。

  • 裁量労働制の適用者の週あたり労働時間は、非適用者より平均で1時間強長い
    • 専門型裁量労働制:非適用者より約1時間長い
    • 企画型裁量労働制:非適用者より約2.7時間長い
  • 年収は適用者のほうが平均で約7〜8%高い
    ただし、長く働いている分を考慮すると、時給ベースの差はごく小さい

一言でいえば、

「確かに少し給料は高いが、その分よく働いている」

という姿が浮かび上がってきます。

3 健康・睡眠・満足度はどう変わるのか

長時間労働となれば健康への影響が気になるところですが、調査では次のような結果になっています。

  • 睡眠時間:
    • 非適用者…平均 約6.5時間
    • 適用者……平均でそれより数分長い程度
  • 主観的な健康状態:両者のあいだに統計的に有意な差はほぼ見られない

一方、仕事への満足度は少し複雑です。

  • 「とても満足」と答えた人の割合は、非適用者より適用者のほうがやや高い
  • しかし「とても不満」と答えた人の割合も、適用者のほうがやや高い

つまり、裁量労働制の適用者は、

「満足している人も多いが、強い不満を抱えている人も多い」
という、両極化しやすい傾向を持っていると言えます。

この差はどこから生まれているのでしょうか。

4 鍵を握るのは「裁量の量」ではなく「裁量の質」

分析チームは、仕事の進め方に関する具体的な項目――

  • 業務の期限
  • 仕事量の決め方
  • 時間配分
  • 出退勤の時間
  • その他の業務の進め方

などについて、「自分でどの程度決められるか」を尋ね、裁量度のスコアを作成しました。

すると次のようなことがわかります。

  1. 裁量労働制の適用者のほうが、非適用者より「自分で決めている」と答える割合は少しだけ高い
  2. しかし全体として見れば、両者の差は意外なほど大きくない
    → 現在の対象業務で働いている人は、制度の有無にかかわらず、一定程度は自律的に働いている
  3. 裁量度が低い人――つまり「上司がほとんど決める」状態の人――も、対象業務の中に3割程度存在する

そして、裁量度と働き方の関係を詳しく見ると、次のようなコントラストが浮かび上がります。

  • 裁量度が低いグループ
    • 裁量労働制の適用者ほど労働時間が長くなりがち
    • 疲労感・タイムプレッシャー・不安感などを強く感じる人が多い
    • 仕事満足度も低くなりがち
  • 裁量度が高いグループ
    • 適用者のほうが睡眠時間が長め
    • 仕事満足度も高く、疲労感が少ない
    • 自分のペースで仕事を進めやすい

つまり、同じ「裁量労働制」の適用者であっても、本当に裁量がある人と、名目上は裁量労働制でも実は裁量がない人とで、働き方の実態は大きく異なります。

5 なぜ「二極化」してしまうのか

裁量度が低いにもかかわらず、裁量労働制の適用者のほうが長時間労働になりやすい背景には、制度の構造上の問題もあります。

時間ではなく「みなし労働時間」で賃金が支払われるため、

「追加の仕事を割り振っても、残業代としての人件費が増えにくい」

というインセンティブが働く可能性があります。その結果、時間で給与が決まらない人に仕事が集中し、長時間労働と疲弊につながりかねません。

経営側が描くのは「高い裁量と高い満足度を持った自律的なプロフェッショナル」の姿であり、労働側が懸念するのは「裁量がないまま残業代カットと長時間労働だけが残る働き方」です。
どちらかが完全に間違っているのではなく、現実にはその両方が同時に存在している、と考えると理解しやすくなります。

6 「裁量の質」をどう制度に落とし込むか

自由度の高い働き方そのものは、多くの人にとって魅力的です。ウェルビーイング(心身の健康や幸福度)が高まれば、生産性向上にもつながります。

しかし、今回の分析が示すのは、

「制度の名前だけでは働き方は変わらない」
「実際にどれだけ裁量があり、どう運用されているかが決定的に重要」

という当たり前のようでいて、見落とされがちな事実です。

短期的には、

  • コアなしフレックス制
  • テレワークの活用
  • 週休3日制やフルフレックス制の導入

といった枠組みを組み合わせることで、かなりの柔軟性を実現できます。
中期的には、目標設定や仕事量の調整を労使で話し合い、「トライとミスが許される心理的安全性」を高めることが、自律的な働き方の土台となります。

一方で、高度プロフェッショナル制度(高プロ)との線引きや、対象業務を一つひとつ精査していく現在のやり方の限界も指摘されています。
業務内容が多様化するなかで、対象業務を列挙する方法はどうしても複雑になりがちです。年収要件など、よりシンプルな基準で対象を区切る考え方も一案として提示されています。

制度が増えれば増えるほど、現場の管理は難しくなり、労働者にとっても「自分はどの制度の対象なのか」「どんな権利や保護があるのか」が分かりにくくなります。
これは、守られるべき人が守られず、逆に「きちんとやろうとしている企業」ほど手続き負担に苦しむという、望ましくない状態を招きかねません。

結論

裁量労働制をめぐる議論は、「自由な働き方か、危険な長時間労働か」という二者択一ではありません。
実際には、

  • 高い裁量と高い満足度を享受している人
  • 裁量がないまま、長時間労働と疲労に苦しんでいる人

が同じ制度のなかに同居している、というのが現状です。

重要なのは、制度の名前ではなく、「裁量の質」と「運用の仕方」です。

  • 目標や仕事量をどこまで本人が決められるのか
  • 上司とどれだけ対話し、調整できる余地があるのか
  • 失敗を許容する心理的安全性があるか
  • 制度がシンプルで、働き手自身も理解できているか

こうした要素の積み重ねが、ウェルビーイングと生産性の両立につながります。

働き方改革の次のステージでは、

「どの制度を増やすか」ではなく、「どの枠組みなら現場で本当に機能するのか」
を軸に、よりシンプルで実効性のあるルールづくりが求められています。

労使双方がエビデンスに基づき、「裁量の質」を高めるための建設的な議論を重ねていくことこそが、働き方改革を前に進める力になるはずです。

参考

・厚生労働省「裁量労働制に関する実態調査」関連資料
・厚生労働省「働き方改革関連法」関連資料
・黒田祥子「点検・働き方改革(下)裁量労働制、満足度に格差」(日本経済新聞 2025年12月)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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