前回は、必要経費を判断するための五つの基準について整理しました。
しかし、実務では次のような疑問が残りがちです。
- 判断基準は、実際にはどのように使われているのか
- 税務署と裁判所は、どこで線を引いているのか
- 「業務に役立つ」という説明は、どこまで通用するのか
これらを理解するために有効なのが、裁判例です。
第4回では、研修資料でも取り上げられている
弁護士会役員活動に伴う支出が必要経費になるかどうか
が争われた事案をもとに、判断のポイントを整理します。
事案の概要
この裁判は、弁護士が弁護士会の役員として活動する中で支出した、
懇親会費や立候補費用などが、
弁護士個人の事業所得の必要経費に該当するかどうかを巡って争われたものです。
具体的には、次のような支出が問題になりました。
- 弁護士会や他団体の公式行事後の懇親会費
- 会議後に行われた二次会の費用
- 弁護士会役員への立候補に伴う選挙関連費用
- 定期的に行われていた会食や慰安旅行費
いずれも、
「人脈形成を通じて将来の受任につながる」
という説明がなされやすい支出です。
納税者と課税庁の主張
納税者である弁護士は、
弁護士会の役員活動は弁護士業務の社会的基盤であり、
その活動に伴う支出は、業務に付随する事業活動の一部であると主張しました。
特に、所得税法37条は
「業務の遂行上必要な支出」
を必要経費としており、
収入との直接的な対応関係は条文上求められていない、
という点を強調しています。
一方、課税庁は、
弁護士会の活動は公益的活動であり、
その成果は弁護士会全体に帰属するもので、
弁護士個人の収益事業とは切り離されていると主張しました。
そのため、
人脈形成などの効果があったとしても、
それは間接的・副次的なものであり、
必要経費には該当しない、
という立場をとりました。
裁判所の判断の分かれ目
この事案では、
第一審と控訴審で結論が分かれています。
第一審では、
必要経費とされるには
「事業所得を生ずべき業務と直接関係し、かつ、その遂行上必要である」
ことが必要であるとし、
多くの支出を否認しました。
これに対し、控訴審では、
所得税法37条の文言には
「直接関係すること」
という限定はなく、
判断基準は
「業務の遂行上必要であるかどうか」
であると整理しました。
そのうえで、
弁護士会への強制加入制度や、
会務活動が弁護士業務の信用維持・円滑な遂行に資する点を踏まえ、
一部の支出については、
一般対応の必要経費として認めるのが相当と判断しました。
なぜ「一次会はOK、二次会はNG」なのか
控訴審が特徴的なのは、
すべてを一律に認めたり、否認したりしなかった点です。
裁判所は、
それぞれの支出について、
- 公式性があるか
- 業務遂行との結び付きが強いか
- 私的色彩がどの程度あるか
といった点を個別に検討しました。
その結果、
- 公式行事や会議後の懇親会費
- 職員や委員との業務円滑化に資する会食費
については、
業務遂行上の必要性が認められるとして、
必要経費と判断されました。
一方で、
- 二次会費用
- 会議を伴わない懇親会
- 恒常的な会食や慰安旅行費
- 立候補後の選挙運動費
については、
私的色彩が強く、
社会通念上、業務の遂行上必要とまではいえないとして、
必要経費から除外されています。
この裁判例から読み取れる実務上のポイント
この事案から読み取れる重要な点は、
「業務に役立つ可能性がある」
という説明だけでは足りない、ということです。
裁判所は、
業務との関係性や必要性を認めつつも、
最終的には
社会通念に照らして妥当かどうか
を基準に線を引いています。
また、
間接的な効果があること自体は否定されていませんが、
それだけで必要経費になるわけではない、
という点も明確になっています。
結論
弁護士会役員事件は、
必要経費の判断が、
条文の形式だけでなく、
実態と社会通念を重視して行われていることを示しています。
- 業務との関係があるか
- 業務遂行上、必要といえるか
- 私的色彩が強すぎないか
これらを総合的に評価した結果、
同じような性質の支出でも、
必要経費になるものとならないものが分かれました。
次回は、
この判断枠組みを実務に落とし込み、
自宅兼事務所や日常的な経費をどう扱うべきか
について具体的に整理していきます。
参考
東京税理士会研修資料
全国統一研修会「必要経費と家事関連費の判断基準」「青色事業専従者給与の留意事項」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
