2026年度から、全国健康保険協会(いわゆる協会けんぽ)の平均保険料率が9.9%へ引き下げられることが決まりました。料率引下げは34年ぶりであり、現役世代や中小企業にとっては歓迎すべきニュースです。
しかし、この引下げは恒久的な制度改善というより、「賃上げが続くこと」を前提とした一時的な調整に近い性格を持っています。本稿では、この料率引下げの背景と、その持続可能性、そして今後避けて通れない論点について整理します。
協会けんぽ料率引下げの背景
協会けんぽは、中小企業の従業員やその家族を中心に約4,000万人が加入する公的医療保険制度です。
2026年度の平均保険料率は、前年度の10.0%から0.1ポイント引き下げられ、9.9%となります。これは1992年度以来、実に34年ぶりの引下げです。
背景にあるのは、近年の賃上げによる保険料収入の増加です。2024年度の保険料収入は前年度比3.4%増の約10.6兆円となり、協会けんぽは15年連続で黒字を確保しています。
その結果、医療給付費の支払いに備える準備金は、法定水準である「1か月分」を大きく上回る6.6か月分まで積み上がりました。こうした財務状況を踏まえ、料率引下げに踏み切ったというわけです。
「賃上げ頼み」の脆さ
一方で、この引下げが安定的に続くかというと、見通しは決して楽観できません。
協会けんぽ自身の試算によれば、賃金上昇率が年1.8%と、過去10年の実績の約2倍で推移した場合でも、2035年度には約200億円の赤字に転落するとされています。
賃上げが実績並みの0.9%にとどまれば、2030年度には赤字化し、準備金も2038年度には最低水準まで減少する見込みです。
つまり、今回の料率引下げは「賃上げが高水準で続く」という前提の上に成り立っています。賃金動向が少しでも鈍化すれば、再び料率引上げを検討せざるを得ない構造にあることが分かります。
国庫補助と給付抑制の問題
協会けんぽの財政は、保険料収入だけでなく国庫補助にも大きく依存しています。現在、医療給付費に対して16.4%の定率補助を受けていますが、財務省は料率引下げと引き換えに補助率を引き下げる姿勢を崩していません。
仮に国庫補助が縮小されれば、協会けんぽの財政は一気に不安定化し、結果として保険料率の再引上げにつながる可能性があります。
この点からも、単に「料率を下げるかどうか」ではなく、医療費そのものをどう抑制するかという給付面の議論が不可欠です。
高齢化と医療費構造の現実
日本の医療費は年50兆円規模に迫っており、高齢者医療費の多くは現役世代の保険料によって支えられています。
賃上げが進んでも、その果実が社会保険料の増加によって相殺されれば、現役世代の実感としての「手取り増」にはつながりません。
協会けんぽの料率引下げは、こうした不満への一つの対応策ですが、構造問題を解決するものではありません。
高齢者医療の負担のあり方、給付内容の見直し、予防医療の強化など、制度全体を俯瞰した改革が求められています。
結論
協会けんぽの保険料率引下げは、現役世代や中小企業にとって一定の安心材料となる一方で、その持続性には大きな不確実性があります。
賃上げに依存した財政運営には限界があり、国庫補助の動向次第では、数年後に再び負担増へ転じる可能性も否定できません。
社会保険料の問題は、「下げた・上げた」という短期的な議論ではなく、医療費構造そのものをどう設計し直すかという中長期的な視点が不可欠です。
今回の料率引下げは、その課題を浮き彫りにした出来事として受け止める必要があるでしょう。
参考
・日本経済新聞「保険料軽減、賃上げ頼み 協会けんぽが料率0.1%下げ決定」(2025年12月24日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

