これまでの記事では、租税特別措置の適用実態や、その制度が増え続ける背景、さらに政策効果を評価する難しさについて整理してきました。
租税特別措置は企業行動を誘導する政策手段として広く利用されていますが、そのすべてが活発に利用されているわけではありません。制度が創設されたにもかかわらず、ほとんど利用されないものや、適用実績がゼロのまま終了する制度も存在します。
令和6年度の租税特別措置の適用実態調査でも、新たに導入された制度の中に適用件数がゼロのものが確認されています。また、過去の税制改正で創設された制度の中には、利用実績が一度もないまま廃止されるものもあります。
なぜこのような制度が生まれるのでしょうか。本稿では、使われない租税特別措置が生まれる背景について整理してみます。
制度設計と実務の間にギャップがあります
租税特別措置が利用されない理由として最も多いのは、制度設計と実務との間にギャップがある場合です。
税制優遇を受けるためには、法律や政令で定められた一定の要件を満たす必要があります。しかし、その要件が実務の現場と合っていない場合、制度はほとんど利用されなくなります。
例えば、設備投資を対象とする税制の場合でも
・対象となる設備の範囲が限定されている
・投資規模の要件が高い
・行政の認定手続きが必要である
といった条件があると、企業にとって制度の利用が難しくなることがあります。
制度設計の段階では政策目的が重視されますが、実務では使いやすさが重要になります。この両者のバランスが取れていない場合、制度が存在していても利用されないという状況が生まれます。
企業の意思決定は税制だけで決まりません
租税特別措置が利用されないもう一つの理由は、企業の意思決定が税制だけで決まるわけではないという点です。
例えば設備投資を促す税制があったとしても、企業が投資を行うかどうかは市場環境や事業戦略によって決まります。需要が見込めない状況では、税制優遇があっても投資は行われません。
また、企業の投資判断には資金調達環境や経営戦略なども大きく影響します。税制優遇が存在していても、企業にとってその投資が合理的でなければ制度は利用されないことになります。
税制は企業行動に影響を与える要因の一つですが、それだけで企業行動を決定づけるものではありません。このため、制度を設けても必ずしも利用が広がるとは限りません。
制度の周知が十分でない場合もあります
租税特別措置が利用されない理由として、制度の周知が十分でない場合もあります。
税制は毎年改正が行われ、新しい制度が次々と創設されます。しかし、その内容が企業や税務実務の現場に十分に浸透しない場合があります。
特に対象となる企業が限定されている制度では、制度の存在そのものが知られていないこともあります。また、制度の内容が複雑である場合、企業側が制度の適用を検討するためのコストが高くなることもあります。
税務処理が複雑である場合や適用要件の判断が難しい場合、税務リスクを避けるために制度の利用を見送るケースも考えられます。
このように、制度の周知や実務への浸透も、租税特別措置の利用状況に大きく影響します。
政策メッセージとしての税制
租税特別措置の中には、必ずしも利用件数の多さを目的としていない制度もあります。
税制は、政府の政策方針を示すメッセージとしての役割を持つことがあります。例えば特定の産業分野や技術分野を重視する政策を示すために税制が導入される場合があります。
このような場合、制度の存在そのものが政策メッセージとなるため、利用件数の多さだけで制度の効果を評価することはできません。
もっとも、制度が長期間にわたり利用されていない場合には、制度設計や政策効果について見直しが必要になることもあります。
結論
租税特別措置の中には、制度が創設されたにもかかわらず、ほとんど利用されないものが存在します。その背景にはいくつかの要因があります。
第一に、制度設計と実務との間にギャップがある場合です。要件が厳しすぎたり手続きが複雑であったりすると、企業は制度を利用しにくくなります。
第二に、企業の意思決定は税制だけで決まるわけではありません。市場環境や経営戦略などが大きく影響します。
第三に、制度の周知や実務への浸透が十分でない場合もあります。
租税特別措置は政策目的を実現するための重要な制度ですが、制度が実際に利用されるかどうかは制度設計や経済環境によって大きく左右されます。政策税制の効果を高めるためには、制度の創設だけでなく利用状況を踏まえた継続的な見直しが必要になります。
参考
税のしるべ 2026年3月2日
「6年度の租特適用実態を公表、賃上げ促進税制の適用件数が大幅増」
