住宅の金融化と家計リスク― 退職金と相続が「住宅問題」に組み込まれる時代 ―

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日本の住宅取得は、かつて「貯蓄をもとに家を買う」行為でした。しかし現在では、住宅は長期・高額のローンを前提とした金融商品となり、家計は数十年にわたる債務関係に組み込まれています。
この住宅の金融化は、現役期の家計だけでなく、退職金の使途や相続のあり方にまで影響を及ぼしています。住宅は「住むための器」であると同時に、家計リスクを集約する装置になりつつあります。


住宅の金融化とは何か

住宅の金融化とは、住まいが生活財としてではなく、金融取引や資産運用の文脈で扱われる度合いが高まることを指します。
低金利政策、住宅ローン市場の拡大、税制優遇により、住宅価格は「所得」ではなく「借入可能額」によって支えられるようになりました。結果として、住宅取得は家計の将来収入を担保にした金融取引へと変質しています。

この現象について、ヴォルフガング・シュトレーク氏は、国家債務に代わって個人債務が経済を支える構造が拡大したと指摘しています。また、コリン・クラウチ氏らは、住宅ローンを通じた需要創出を「住宅価格ケインズ主義」と呼びました。


住宅ローンと家計リスクの長期化

返済期間35年超、場合によっては50年に及ぶ住宅ローンは、家計を長期間にわたって固定します。
変動金利ローンが主流となる中で、金利上昇は直接的に可処分所得を圧迫します。家計は、金利・雇用・健康といった複数のリスクを同時に背負うことになります。

特に問題なのは、住宅ローンの返済が退職期まで、あるいは退職後まで続くケースです。これにより、住宅問題は老後の生活設計と不可分になります。


退職金が「最後の返済原資」になる構造

本来、退職金は老後生活の備えとして設計されてきました。しかし現実には、住宅ローンの残債整理に充てられるケースが少なくありません。
完済年齢の上昇により、退職金は「老後資金」ではなく「最終返済原資」として位置づけられがちです。

この構造では、

  • 退職金が想定より少なければ返済困難に陥る
  • 退職金を住宅に投入することで老後資金が枯渇する

といったリスクが生じます。住宅ローンは、退職後の生活の自由度を制限する要因になっています。


相続と住宅ローンの接点

住宅の金融化は、相続の局面でも影響を及ぼします。
住宅ローンが残ったまま死亡した場合、団体信用生命保険により債務は消滅しますが、これは「保険による債務整理」です。住宅は純資産として相続されますが、その裏側には保険制度があります。

一方で、ペアローンや連帯債務の場合、配偶者に返済義務が残ることもあります。
また、住宅価格が下落している場合、相続財産としての住宅は「価値のある資産」ではなく、「処分に困る不動産」になる可能性もあります。


相続対策としての住宅取得の限界

相続税対策として、自宅や賃貸不動産を取得するケースもあります。しかし、住宅価格の下落や空室リスクを考慮しなければ、相続対策が家計リスクを拡大する結果になりかねません。
特に地方や郊外では、不動産を相続しても売却できず、固定資産税や管理負担だけが残るケースが増えています。

住宅は相続税評価と市場価値の差が注目されがちですが、実際には「相続後にどう扱えるか」がより重要な問題です。


家計に集中するリスク

住宅の金融化は、

  • 長期債務(住宅ローン)
  • 老後資金(退職金)
  • 世代間移転(相続)

を一つの住宅に集中させます。これは、家計の安定性という点では脆弱な構造です。住宅価格の変動や金利上昇、ライフイベントが起きた場合、その影響は複合的に現れます。


結論

住宅は生活の基盤であると同時に、日本の家計にとって最大の金融商品となりました。その結果、住宅ローンは退職金や相続と密接に結びつき、家計リスクを長期化・複雑化させています。
住宅取得を個人の判断に委ねるだけでなく、住宅の金融化が家計全体に及ぼす影響を社会全体でどう緩和するかが問われています。

住まいを「資産形成の手段」としてのみ捉えるのではなく、人生後半まで含めた生活設計の一部として捉え直す視点が、これから一層重要になるのではないでしょうか。


参考

・日本経済新聞「経済教室」
 住宅確保をどう支えるか(上・下)
・ヴォルフガング・シュトレーク、コリン・クラウチ 各論考


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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