脱炭素経営という言葉は、もはや製造業やエネルギー企業だけの話ではなくなっています。近年は、取引先からの要請や金融機関の評価、さらには将来の制度対応を見据えて、中小企業でもCO2排出量の把握が求められる場面が増えてきました。
こうした中、日本経済新聞は、会計データを活用してCO2排出量を算定する新たな取り組みを紹介しています。会計システムとCO2算定サービスを連携させ、日々の仕訳データをそのまま排出量算定に使うという発想です。
この記事は、一見するとITニュースのようにも見えますが、実は「経理・会計の役割が変わりつつある」ことを象徴する動きでもあります。本稿では、この取り組みの概要を整理したうえで、企業経営、そして経理・税務実務にどのような意味を持つのかを考えていきます。
会計データとCO2算定をつなぐ仕組み
今回紹介されたのは、SCSKが提供するCO2排出量算定サービスと、オービックビジネスコンサルタント(OBC)のクラウド会計システムとの連携です。
SCSKのCO2算定サービスは、企業活動に伴う排出量を可視化するための仕組みで、OBCの**勘定奉行クラウド**とAPI連携することで、会計データを直接取り込めるようになりました。これにより、日々入力される仕訳や勘定科目の情報を基に、CO2排出量を自動的に算定・可視化できます。
注目すべき点は、専門的な環境データの入力や追加作業が不要とされている点です。これまでCO2算定は、エネルギー使用量や原材料データを個別に集める必要があり、担当部署の負担が大きいものでした。会計データを起点にすることで、そのハードルを大きく下げる狙いがあります。
「会計=お金」から「会計=経営データ」へ
この動きは、単なるシステム連携以上の意味を持っています。従来、会計は「お金の記録」という側面が強く、売上や費用、利益を把握するためのものと捉えられてきました。
しかし実際には、会計データは企業活動の集積そのものです。どの取引先から何を仕入れ、どのようなサービスを提供しているのか。その結果として、エネルギーをどれだけ使い、資源をどれだけ消費しているのかも、会計データの裏側には反映されています。
CO2算定と会計を結びつける取り組みは、会計を「過去を記録する道具」から、「経営の質を可視化する基盤」へと進化させる試みとも言えます。財務情報と非財務情報を切り離さず、同じデータ基盤で管理する発想は、今後ますます重要になるでしょう。
経理部門が担う役割の変化
この仕組みが普及した場合、最も影響を受けるのは経理部門です。CO2排出量の算定は、これまで環境部門や総務部門が担うケースが多く、経理は直接関与しないことも少なくありませんでした。
しかし、会計データが算定の起点になる以上、経理は排出量管理の「入口」を担うことになります。仕訳の精度や勘定科目の設計が、そのままCO2算定の精度に影響するためです。
これは、経理の負担が増えるというよりも、経理の専門性が別の形で評価される可能性を示しています。数字の正確さだけでなく、その数字が経営判断や社会的評価にどう結びつくのかを理解する役割が、経理に求められるようになるからです。
中小企業にとっての現実的な意味
脱炭素経営というと、大企業向けの話だと感じる中小企業も多いでしょう。しかし、実務の現場ではすでに変化が起きています。大企業のサプライチェーンに組み込まれている企業では、取引先から排出量の開示や削減努力を求められるケースが増えています。
その際、「まずは把握すること」が第一歩になります。会計データを活用した算定は、新たな人員や大きなコストをかけずに現状を把握できる点で、中小企業にとって現実的な選択肢となり得ます。
また、将来的に炭素税や排出量取引の議論が進めば、CO2排出量はコスト管理の一部として扱われる可能性もあります。会計と一体で管理できる仕組みを早期に整えることは、リスク管理の観点からも意味があります。
税務・会計専門家から見た注目点
税理士や会計士といった専門家にとっても、この動きは無関係ではありません。今後、顧問先から「CO2算定はどう考えればよいのか」「会計データで何が分かるのか」といった相談が増える可能性があります。
現時点では、CO2排出量そのものが直接税額に影響する場面は限定的です。しかし、補助金や金融機関の評価、企業価値の説明資料など、間接的に関与する場面は確実に増えています。
会計データを軸に、財務と非財務をつなぐ視点を持つことは、専門家としての付加価値を高めることにもつながるでしょう。
結論
会計データでCO2排出量を算定するという取り組みは、単なる業務効率化ではありません。会計を通じて、企業活動の環境負荷を可視化し、経営判断につなげていくための基盤づくりです。
経理・会計は、これからも企業経営の中核であり続けます。ただし、その役割は「数字をまとめること」から、「数字の意味を広げること」へと少しずつ変わっていくのかもしれません。今回の動きは、その変化を象徴する一つのサインと言えるでしょう。
参考
- 日本経済新聞「会計データでCO2算定 SCSKとOBC」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

