日本では、多くの会社員が1年の所得税を勤務先の年末調整で完結しています。会社が従業員の税金を調整し、控除の計算から納付・還付まで一括して処理するため、会社員はほとんど手続きを意識せずに済んでいるのが現状です。
しかし、国際比較やプライバシー保護、働き方の多様化といった観点から、この仕組みを見直す議論が静かに広がりつつあります。日本経済新聞の寄稿では「会社員自身が確定申告をするべきだ」との問題提起がなされました。
本稿では、この主張を踏まえて、年末調整制度の役割と限界、そして今後目指すべき方向について、税理士・FPの視点から整理します。
年末調整は「日本固有の強力な代行システム」
年末調整は、源泉徴収とセットで日本の給与所得者を支える重要な制度です。会社が従業員に代わって所得税の計算を行い、生命保険料控除・扶養控除・住宅ローン控除などを反映して年末に税額を精算します。
この仕組みにより、日本の会社員は原則として確定申告が不要となり、税務負担が大きく軽減されています。企業側は短期間で正確な処理が求められますが、制度運用の歴史が長く、実務も成熟しています。
しかし、あまりにも「うまく機能しすぎている」ために、次のような構造的問題を抱えるようになりました。
① 本来は国と個人で完結すべき税務を雇用者が負担している
所得税の確定は本来、納税者自身が国に対して行うべき行為です。日本では会社が代行することが制度として定着していますが、これは企業に恒常的な税務負担を転嫁している状態でもあります。
近年は少子高齢化で労務・経理部門のリソース不足が深刻化し、年末業務の負荷は増すばかりです。デジタル化が遅れる企業では、紙の提出・目視チェック・外部委託費用増加といった課題も見られます。
② 家族構成・保険加入などの私的情報を企業に提出する構造
年末調整では、扶養家族の人数や配偶者の所得、生命保険の契約内容といった極めて個人的な情報を勤務先に提出する必要があります。
働き方や家族形態が多様化する現代において、「なぜ会社にここまでの個人情報を提出しなければならないのか」と疑問を抱く人は増えています。
プライバシー保護の観点からも、制度の再設計は避けられません。
③「会社任せ」の構造が納税者意識を育てにくくしている
会社員は年末調整により「確定申告をしなくても税が完結する」という非常に恵まれた環境にいます。その結果、給与明細の見方や自身の所得税・社会保険料の仕組みを把握しないまま働き続ける人が多くなっています。
家計相談やFP相談でも、
- 住民税の増減理由が分からない
- 控除の内容を知らない
- 配偶者特別控除の判定が理解できない
といった声が少なくありません。
「手取りを増やす」という議論が盛り上がり始めたのは最近であり、税金を自分事として考える文化が十分に育っているとは言えません。
④ 米国では会社員も毎年確定申告する
米国には日本の年末調整制度はなく、源泉徴収はあるものの納税者が自ら申告し、所得税の精算を行います。これは手間である一方、納税者意識を強く育てる効果があります。
米国では日常的に税金の話題が交わされ、自分の所得税・控除・税額を熟知している人が多いことが特徴です。この「税への関心の高さ」は政治にも直結し、選挙では減税・増税が大きな論点になります。
納税者教育という観点では、日本の会社任せの仕組みとは対照的です。
⑤ 日本でも「申告文化」へ段階的に移行すべきか
もし日本が会社員も毎年申告する方式に近づくとしたら、いきなり全員が確定申告を強制されるわけではありません。移行には段階的な支援が不可欠です。
たとえば次のような制度設計が考えられます。
- 簡易申告制度の創設(給与所得者向け)
- 国税庁ソフト・アプリの完全無償化(サポート強化)
- デジタルに弱い層への相談窓口拡充
- 会社の証明書類は自動連携(マイナポータルで完結)
すでに給与明細の電子化や保険料控除証明書の電子発行など、税務情報はデジタル化が進んでいます。テクノロジーの進展により「自分で申告する」という負担は、今後大きく軽減される可能性があります。
⑥ 会社の年末業務も大幅に軽減される
年末調整を見直すことは、会社側にも大きなメリットをもたらします。
- 年末の労務・経理の繁忙を解消
- 個人情報管理のリスク低減
- 外注費・紙コストの削減
- 誤り対応の負荷軽減
特に中小企業の総務部門の負担は軽くなり、人材不足が進む中で重要な経営課題の解決にもつながります。
結論
年末調整は、日本の給与所得者の税務を簡素化するために大きな役割を果たしてきました。しかし、個人情報保護、働き方の多様化、納税者教育、企業の労務負担といった観点から、その限界も見え始めています。
すぐにすべてを廃止するべきだという話ではありませんが、
「会社任せの税務」から「自分で税金を理解する社会」への移行
は、国民の財政意識を高め、家計改善や政治参加にもつながります。
デジタル技術を活用すれば、会社員が自分で申告するハードルは着実に下がっていきます。これからの税制は、納税者一人ひとりが主体的に税と向き合う仕組みへと進化する必要があります。
出典
・日本経済新聞「会社員、年末調整は自身でせよ」2025年12月1日朝刊
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

