1. 仮想通貨市場に広がるマネー逆流
暗号資産(仮想通貨)から資金が急速に流出している。
10月上旬に最高値をつけたビットコインは、わずか2週間で2割近く下落。世界全体の仮想通貨の時価総額は約90兆円も減少した。
背景には、米中対立の激化やトランプ米大統領による追加関税発表など、世界情勢の不安がある。金(ゴールド)価格が上昇を続ける一方で、ビットコインは急落。「デジタルゴールド」としての信頼が揺らいでいる。
特に問題視されているのは、価格の安定をうたうステーブルコインの崩壊だ。
米ドルと連動するはずの「USDe」が一時0.65ドルまで急落(=デペッグ)。証拠金として使っていた投資家の資金繰りが一気に悪化し、強制清算が相次いだ。被害は過去の「テラUSDショック」を上回る規模とされる。
一部には、システムを狙った売り仕掛けの可能性や、大口投資家のインサイダー疑惑も取り沙汰される。いずれにしても、暗号資産市場が依然として投機主導であり、価格安定性や信頼性の面で脆弱であることが改めて露呈した。
2. 対照的に進む「デジタル通貨の制度化」
こうした仮想通貨市場の混乱を横目に、世界では「信頼できるデジタル通貨」の整備が急ピッチで進んでいる。
キーワードは3つ――
CBDC(中央銀行デジタル通貨)・ステーブルコイン・資産のトークン化 だ。
米国では2025年7月に「GENIUS法」が成立。ドル建てステーブルコインに100%の裏付け資産と月次開示を義務づけ、法的な信頼性を確保した。これにより、銀行口座を持たない世界の人々でもスマートフォンを通じて「デジタルドル」を利用できる環境が整いつつある。
香港も人民元や香港ドル、ドルに連動するステーブルコイン制度を導入。中国本土のCBDC(デジタル人民元)との連携を視野に入れ、アジアの金融ハブ再生を狙う。
シンガポールもASEAN諸国やインド、中東との間でQRコード決済の相互接続を進め、越境デジタル決済の中心地として存在感を高めている。
この流れを後押しするのが国際決済銀行(BIS)の「Project Nexus」だ。
国境を越えた小口送金を“60秒以内”で完結させるプラットフォームを目指し、将来的にはCBDCやステーブルコインも組み込む構想だ。
3. 日本の課題 ― 安全だが「内向き」な制度
日本でも2023年に資金決済法が改正され、円連動ステーブルコインの発行が可能となった。
裏付け資産の信託保全や償還義務、情報開示など安全性は高いが、国内利用に限られている点が課題だ。
2025年8月にはJPYCが国内初の発行業者として金融庁から承認を受けた。
ただし、発行体は銀行や信託会社などに限定され、海外企業の参入は難しい。越境決済や国際的な流通を視野に入れた制度設計はまだこれからだ。
また、QRコード決済の統一規格「JPQR」も技術的にはインドネシアの「QRIS」と接続されたものの、国内普及は限定的。
デジタル円やステーブルコインの国際展開には、相互運用性と共通基盤の整備が不可欠となる。
4. 信頼を生むのは「価格の安定」と「制度の透明性」
今回のビットコイン急落で明らかになったのは、「マネーは結局、信頼の上にしか成り立たない」という原則だ。
法制度に裏付けられたデジタル通貨と、投機主導の仮想通貨の差が鮮明になった。
投資家が求めるのは「値上がり益」よりも「安心して使える通貨」。
デジタル技術の進化がその土台を整えつつある一方で、仮想通貨市場は依然として「カジノ的」な性格を脱していない。
今後の焦点は、各国がどのように制度と技術を融合させ、「信頼されるデジタルマネー」を育てられるか。
日本が内向きの安全設計にとどまるのか、それともアジアの新しい通貨ネットワークに積極的に参加するのか――。
2020年代後半、通貨のあり方そのものが問われる時代に入った。
【まとめ】
- ビットコイン急落は、投機依存型市場のもろさを再認識させた。
- 世界ではCBDCや法制度に裏付けられたステーブルコインが急拡大中。
- 日本は安全性では先行するが、国際接続性の面で出遅れ気味。
- 真に「信頼できるデジタル通貨」を生むのは、技術だけでなく制度と透明性である。
📚 出典・参考
- 日本経済新聞(2025年10月21日 朝刊)「仮想通貨に構造的もろさ」
- 日本経済新聞(2025年10月21日 朝刊)「奔流デジタル通貨(上) 相互接続に乗り遅れるな」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

