令和8年度税制改正大綱を読む⑧ 基準額見直しが映す「物価時代」の税制再設計

税理士
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物価上昇が続く中で、長年据え置かれてきた税制上の基準額や閾値の見直しが本格化しています。令和8年度税制改正大綱では、個人所得課税に関係する非課税限度額の引上げが盛り込まれました。

マイカー通勤の通勤手当、企業の食事支給、深夜勤務の夜食代、そしてセルフメディケーション税制の見直しです。

一見すると細かな制度調整に見えますが、これらは「物価上昇下での税制の中立性」をどう維持するかという重要な論点を含んでいます。本稿では、その制度内容と背景、実務への影響を整理します。


マイカー通勤の非課税限度額の再引上げ

マイカー通勤に係る通勤手当の非課税限度額は、令和7年の人事院勧告を踏まえ、すでに同年4月に遡って引き上げられています。さらに令和8年4月から通勤手当自体の追加引上げが予定されていることを受け、非課税限度額も再度引き上げられます。

特に注目すべきは、これまで片道55キロ以上は一律月額38,700円であった区分が細分化される点です。

新たに以下の距離区分が設けられます。

  • 55~65キロ未満:38,700円
  • 65~75キロ未満:45,700円
  • 75~85キロ未満:52,700円
  • 85~95キロ未満:59,600円
  • 95キロ以上:66,400円

地方部では自動車通勤が前提となるケースが多く、ガソリン価格や車両維持費の上昇が家計に与える影響は小さくありません。距離に応じたきめ細かな非課税枠の設定は、実態への調整といえます。

さらに、一定要件を満たす駐車場等を利用している場合には、月額5,000円を上限として駐車場料金相当額を非課税限度額に加算できる仕組みが新設されます。これも都市部・郊外型事業所の実態を踏まえた改正です。

企業側では、給与計算システムの距離区分設定や証憑管理の整備が必要となります。特に駐車場加算部分は、実務上の確認体制が重要になります。


食事支給・深夜勤務夜食代の非課税枠拡大

企業が従業員に食事を支給する場合、一定要件のもとで非課税とされる制度があります。

現行では、従業員が食事価額の半分以上を負担し、かつ使用者負担額が月額3,500円以下であれば非課税とされています。この限度額が7,500円以下へと引き上げられます。

物価上昇の中で、3,500円という基準は実態とかい離していました。今回の改正は、企業の福利厚生制度を維持しやすくする調整といえます。

また、深夜勤務に伴う夜食代について、現物支給に代えて支給する金銭の非課税限度額も、1回300円以下から650円以下へ引き上げられます。

これらの見直しは、単なる「福利厚生優遇」ではなく、実質賃金の維持という観点から理解する必要があります。名目賃金が上昇しても物価上昇が上回れば実質所得は減少します。非課税枠の見直しは、その緩衝装置の一つといえます。


セルフメディケーション税制の恒久化と対象見直し

令和8年末で適用期限を迎えるセルフメディケーション税制についても見直しが行われます。

スイッチOTC医薬品は適用期限を撤廃し、恒久化されます。一方、それ以外の医薬品については5年間延長されます。

対象範囲も拡大され、非スイッチOTC医薬品のうち、

  • 消化器官用薬
  • 生薬を有効成分とする鎮咳去痰薬
  • OTC検査薬
  • 薬局製造販売医薬品

などが追加されます。

その一方で、痩身や美容目的で使用される可能性のある医薬品は除外されます。制度の趣旨を「健康維持・疾病予防」に明確化する方向です。

医療費控除との選択関係や領収書管理の実務は今後も重要であり、恒久化により制度活用は定着していく可能性があります。


基準額見直しが示す税制の課題

今回の改正の共通項は「長年据え置かれてきた基準額の調整」です。

問題は、今後も物価変動が続く可能性がある中で、個別改正を繰り返す方式が適切なのかという点です。基準額を物価指数に連動させる仕組みを設けるのか、それとも都度見直しを続けるのか。制度設計上の論点は残ります。

また、非課税枠の拡大は実質的な減税効果を持ちますが、恩恵は対象者に限定されます。税制全体の中立性や公平性との関係も今後の検討課題といえます。


結論

令和8年度税制改正大綱における個人所得課税の見直しは、物価上昇局面における「静かな調整」と位置づけることができます。

マイカー通勤手当の細分化、駐車場加算の新設、食事支給・夜食代の非課税枠拡大、セルフメディケーション税制の恒久化。

いずれも小さな改正に見えますが、実質所得の維持や地域実態への配慮という観点から重要な意味を持ちます。

基準額の据え置きは、インフレ下では実質的な増税と同義になり得ます。今回の改正は、その歪みを是正する一歩といえますが、将来的には「自動調整メカニズム」の検討も避けて通れないテーマです。

物価時代の税制設計は、単なる税率論ではなく、基準額・閾値の設計思想が問われる段階に入っています。


参考

税のしるべ
連載「令和8年度税制改正大綱を読む」編集部編
第8回/個人所得課税⑤、マイカー通勤の通勤手当、非課税限度額を再引上げ
2026年2月23日付

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