物価上昇が続くなか、税制の「基準額」や「閾値」が現実に合わなくなっているという指摘が増えています。令和8年度税制改正では、こうした公的制度の基準額・閾値の点検と見直しが進められました。
今回の見直しは単なる数字の修正ではありません。税制が社会や経済の変化にどれだけ追随できているかを映す鏡でもあります。本稿では、令和8年度税制改正における基準額見直しの全体像と、その政策的意味を整理します。
見直しは39件 ― 国税21件・地方税18件
令和8年度税制改正において見直された基準額・閾値は合計39件でした。
内訳は以下のとおりです。
- 国税:21件(うち据置期間10年以上が9件)
- 地方税:18件(うち据置期間10年以上が11件)
特に注目すべきは、長期間にわたり見直されてこなかった基準額が少なくない点です。10年以上据え置かれていたものが国税で9件、地方税で11件に及びました。
税制は本来、経済環境の変化に応じて調整されるべきものです。しかし、実務的・政治的理由などから、基準額が長期間固定されるケースは珍しくありません。
42年間据え置かれた「食事支給」の非課税限度額
今回の見直しの中で、最も象徴的だったのが次の2つです。
- 食事支給に係る所得税非課税限度額
- 深夜勤務の夜食代に係る所得税非課税限度額
これらは、実に42年間にわたり金額が変更されていませんでした。
42年という期間は、昭和から平成、そして令和へと時代をまたぐ長さです。その間に物価水準や賃金水準は大きく変動しました。
にもかかわらず、基準額が固定されたままであれば、実質的には「増税効果」を生んでいる可能性もあります。名目上は同じ金額でも、物価が上昇すれば実質的な非課税枠は縮小するからです。
なぜ基準額は放置されがちなのか
基準額が長期間見直されない背景には、いくつかの要因が考えられます。
1. 税収への影響
基準額を引き上げれば、その分税収は減少します。財政状況が厳しい中で、見直しは慎重にならざるを得ません。
2. 政策優先順位
大規模な制度改正に比べ、基準額の調整は後回しになりやすい傾向があります。
3. 物価連動の仕組みがない
日本の税制は、多くの基準額が自動的に物価や賃金に連動する仕組みを持っていません。そのため、政治的判断がない限り改定されない構造になっています。
基準額見直しは「静かな税制改正」
税率改正や大型減税は大きく報じられますが、基準額の見直しは比較的目立ちません。しかし、その影響は決して小さくありません。
例えば、
- 通勤手当の非課税限度額
- 食事支給の非課税枠
- 各種控除の基準額
これらは、企業実務や給与計算、年末調整に直接影響します。
企業にとっては給与制度の設計や福利厚生制度の見直しにつながり、個人にとっては手取り額に影響します。
基準額は「制度の骨格」ではなく「制度の微調整」のように見えますが、積み重なると家計や企業経営に与える影響は小さくありません。
今後の焦点 ― 物価連動型への転換はあるか
政府は、今後も各措置の期限到来時や税制改正の中で適時見直しを検討するとしています。
今後の論点は次の2点です。
1. 定期的点検の制度化
今回のように連絡会議で横断的に点検する仕組みが継続されるかどうか。
2. 物価連動の導入
基準額を消費者物価指数や賃金指数に連動させる制度設計を行うかどうか。
物価が上昇している局面では、基準額の据え置きは実質的な負担増につながります。一方で、連動させれば財政への影響も自動的に生じます。
税制の安定性と機動性のバランスが問われる局面といえます。
結論
令和8年度税制改正では、基準額・閾値の見直しが39件実施されました。中には42年間据え置かれていたものも含まれています。
基準額の見直しは派手な制度改正ではありません。しかし、物価や賃金の変動が続く環境下では、極めて重要な政策調整です。
今後は、単発的な見直しにとどまらず、定期的点検や物価連動の仕組みを含めた制度設計の議論が求められます。
税率だけでなく「基準額」にも目を向けることが、税制の実質的な負担構造を理解するうえで不可欠です。
参考
・税のしるべ 2026年3月2日「8年度税制改正による基準額等の見直しは39件、食事支給に係る所得税非課税限度額など」
・政府 関係府省庁連絡会議資料(公的制度の基準額・閾値の点検・見直し)
