介護保険改革・社会保障改革シリーズ 第6回 介護保険はどこまで持続できるのか―給付費増・人材不足・地域格差が突きつける“構造問題”―

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介護保険制度は、2000年の創設以来、「家族介護から社会全体で支える仕組みへ」という大きな転換を実現してきました。しかし制度開始から25年が経過した現在、介護保険はこれまでに経験したことのない規模の構造的課題に直面しています。
給付費の急増、人材不足、地域格差、財政制約──これらは単なる一時的な問題ではなく、制度の持続性を揺るがす根本的なテーマです。今回の2割負担拡大の議論も、この“制度全体の危機”を背景として浮上しています。本稿では、介護保険が抱える構造的課題を体系的に整理し、制度を持続させるために必要な視点を提示します。

1 給付費の増加は止まらない

まず押さえておくべきは、介護保険の給付費が今後も増え続けるという厳しい現実です。

  • 2000年度:3.6兆円
  • 2024年度:11兆円規模
    → 約3倍に増加

給付費が増える最大の要因は、高齢者人口の急増です。特に2025年以降、団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり、要介護認定率の上昇や介護期間の長期化が起こります。

(給付費増の主因)

  • 高齢者の増加
  • 要介護期間の長期化
  • 医療技術の進歩に伴う生存期間の延伸
  • 地域包括ケアの進展によるサービス利用の増加

介護保険は「人口構造の変化」を最も受けやすい制度であり、今後10~20年でさらに給付費が膨らむことは避けられません。


2 現役世代の負担は限界へ近づいている

給付費の増加は、現役世代の負担増として跳ね返ってきます。

  • 40~64歳の介護保険料は年々上昇
  • 企業の社会保険料負担も増加
  • 手取り収入が減少する若年層

社会保障費の増加は、賃金が伸び悩む中で「可処分所得(手取り)」を圧迫し、働き手の生活に直接影響します。

現役世代の負担を抑えるためには、高齢者の自己負担割合を見直したり、給付費そのものを抑制したりする必要があります。しかし、給付抑制は高齢者の生活への影響が大きいため、非常に難しい政治判断となります。


3 介護人材の不足という“もう一つの危機”

財政問題に加えて、介護保険制度を揺るがす大きな問題が介護職員の不足です。

  • 現在:約220万人
  • 2025年:30万人不足
  • 2040年:69万人不足(推計)

この人材不足は単なる人数の問題ではありません。介護の質や事業所の経営、さらには地域のケア体制そのものが成立しなくなるリスクがあります。

(不足の主な理由)

  • 介護職の賃金が低い
  • 肉体的・精神的負担が大きい
  • 若年層の介護職離れ
  • 労働市場全体での人手不足

人材不足は「いくら財源を投入してもサービスが提供できない」という根本的な問題に直結します。


4 地域格差の拡大

介護保険制度は自治体が保険者のため、地域によって保険料・サービス提供体制・事業者数に大きな差があります。

都市部
  • サービス供給は比較的安定
  • 利用者数が多く、事業者も豊富
  • 保険料は中程度
地方・過疎地
  • 事業者が撤退しサービスが不足
  • 介護職員の確保が困難
  • 利用者数が少なく保険料が上昇
  • 家族介護への依存が高まりやすい

人口減少が最も進むのは地方であり、今後さらに格差が拡大する可能性があります。地域包括ケアシステムの実現には、地域間の格差是正が不可欠です。


5 事業所の経営環境の悪化

介護事業者の経営環境は厳しく、倒産件数は増加傾向にあります。

  • 介護報酬が伸び悩む
  • 人件費が増加
  • 利用者数の減少による収益悪化
  • 小規模事業者の経営基盤の弱さ

事業者が減れば地域のサービスが不足し、利用者が必要なサービスを受けられなくなる「地域のケア崩壊」が生じかねません。


6 いま問われているのは“制度の設計思想”

介護保険の持続性を考えるとき、単に給付費を抑えるか負担を増やすかという次元だけでは不十分です。制度全体の設計思想が問われています。

(問いかけの例)

  • 自宅で最期まで暮らす支援をどう強化するか
  • 医療と介護の連携をどう改善するか
  • 家族介護と社会的介護の役割分担
  • 負担を「所得」だけで決めるのか、「資産」も考慮するのか
  • 地域で必要なサービスをどう確保するか

制度の持続性は、社会全体で「介護をどう支えるか」という理念の共有があって初めて可能になります。


7 負担増だけでは制度は持続しない

現在の議論は「高齢者の負担をどこまで増やすか」に焦点が当たりがちですが、これは全体のごく一部にすぎません。

制度の持続には、以下の視点が欠かせません。

  • 予防介護の強化(要介護者を減らす)
  • 介護DXで効率化(人手不足の緩和)
  • 介護ロボットの導入(現場負担の軽減)
  • 地域包括ケアの深化(医療・介護連携)
  • 働く高齢者の増加(支え手を増やす)

つまり、「負担増」だけで制度を延命するのは限界があり、多角的な取り組みが求められます。


8 これからの改革の方向性

今後は、次のような“複数の軸”を組み合わせた総合的な改革が必要になります。

(1)高齢者の自己負担割合の見直し
→ 所得・資産基準の精緻化、2割負担の拡大など

(2)給付の重点化(質を維持しつつ効率化)
→ 軽度者向けサービスの見直し、予防重視のケア

(3)介護人材の確保と処遇改善
→ 賃金改善、キャリアパスの整備、外国人材の活用

(4)地域格差の是正
→ 過疎地でのサービス供給の支援、ICT活用

(5)介護・医療・福祉の連携強化
→ 地域包括ケアシステムの深化

制度を「支える側」と「支えられる側」という図式だけでみるのではなく、一人ひとりができる形で支え合う社会へと転換する必要があります。


結論

介護保険制度は、給付費の増加、人材不足、地域格差など複数の構造的課題に直面し、もはや部分的な改革だけでは持続が難しい段階に来ています。今回の2割負担拡大の議論は、その“氷山の一角”に過ぎません。制度を持続させるためには、高齢者・現役世代・介護事業者・地域社会など、多様な立場からの協力と負担の分かち合いが必要です。
次回は、介護保険だけでなく、医療保険・年金制度など社会保障全体の動きを俯瞰し、「なぜ今、社会保障改革が避けられないのか」という大きな視点から議論を整理します。


出典

  • 厚生労働省:介護給付費等実態調査
  • 内閣府:高齢社会白書
  • 日本経済新聞:介護保険・社会保障関連報道
  • 各種統計資料(総務省・厚生労働省)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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