介護保険制度の見直しが本格化する中で、最も注目されている論点の1つが「介護サービス利用料の2割負担の対象拡大」です。現在、多くの高齢者は1割負担でサービスを利用していますが、一定以上の所得がある場合は2割負担となります。政府は2025年末までに、2割負担の対象をどこまで広げるかについて結論を出す方針で、所得基準を引き下げる4案が提示されています。
今回の改正案は、高齢者の負担増になる一方で、現役世代の介護保険料の抑制にもつながります。本稿では、「所得基準280万円→230〜260万円」という4つの案の意味、財政への影響、激変緩和策の内容、そして生活者への影響を丁寧に解説します。
1 現在の「1割・2割・3割負担」の仕組み
介護保険の利用者負担は、所得に応じて1〜3割の3段階に区分されています。
- 原則:1割負担
- 所得280万円以上:2割負担
- 現役並み所得:3割負担
この区分は、高齢者間での「負担の公平性」を確保する目的で導入されました。しかし制度開始から時間が経ち、高齢者の所得・資産構造も変化しています。財政負担が増す中で、より多くの高齢者に一定の負担を求める必要性が議論されています。
2 所得基準を引き下げる「4案」の具体的な内容
厚生労働省が示した4つの所得基準案は次のとおりです。
| 案 | 所得基準 | 新たに2割負担となる人数 | 介護給付費の削減 | 介護保険料の圧縮 |
|---|---|---|---|---|
| A案 | 260万円 | 約13万人 | 約80億円 | 約40億円 |
| B案 | 250万円 | 約18万人 | 約120億円 | 約60億円 |
| C案 | 240万円 | 約26万人 | 約160億円 | 約80億円 |
| D案 | 230万円 | 約33万人 | 約240億円 | 約120億円 |
※金額・人数は新聞報道に基づく。
3つのポイントを押さえると、今回の議論の位置づけがつかみやすくなります。
(1)基準が下がるほど、2割負担は大きく広がる
230万円案では33万人が対象となる一方、260万円案では13万人にとどまります。
(2)財政効果も基準の下げ幅に応じて大きくなる
介護保険料の圧縮効果は40億円〜120億円と幅があります。
(3)現役世代の負担軽減につながる
保険料の負担が軽減されるため、現役世代の「手取りを守る」意味を持ちます。
3 高齢者側にとっては実質負担増
2割負担になると、高齢者の家計にはどの程度影響が出るのでしょうか。
(例)月10万円の介護サービスを利用する場合
- 1割負担:1万円
- 2割負担:2万円
→ 年間12万円の負担増
介護サービスは継続的に利用するケースが多く、デイサービスや訪問介護などの複数サービスを組み合わせると年間20万円程度の負担増になる可能性もあります。
このため、高齢者からは「生活が成り立たなくなる」「所得だけで判断するのは不公平」との声があり、政治的にも慎重な扱いが求められてきました。
4 負担増を抑える「激変緩和措置」とは
今回の見直し案には、負担が急増しないように激変緩和策が盛り込まれています。
① 当面の月額7,000円の負担増上限の設定
利用者負担が急激に増えることを避けるため、一定期間は負担増を月7,000円までに抑える案です。
年間では最大8万4,000円の増加にとどまります。
② 預貯金要件により1割負担を維持する仕組み
所得だけでなく資産状況も考慮し、「預貯金額が一定以下の人は1割負担を維持」する案が示されています。
想定されている基準は以下の3つです(単身の場合)。
- 300万円以下
- 500万円以下
- 700万円以下
例えば所得基準を280万円→240万円に下げる場合、新たに26万人が2割負担となりますが、預貯金500万円以下の条件を適用すると約12万人は1割負担維持となります。
これは、高齢者の生活実態に配慮した「きめ細かな線引き」といえます。
5 なぜ今回、先送りできないのか
介護保険の2割負担拡大の議論は、これまで3度先送りされてきました。背景には以下の事情がありました。
- 高齢者団体の強い反発
- 自民党内の慎重論
- 選挙への影響
- 給付費増加を他の財源で補う対応が可能だった時期
しかし今回は事情が異なります。
政府が2025年6月に閣議決定した「骨太の方針」には、
「2025年末までに結論を得る」
と明記されました。
これにより、政治的にも“逃げ場のないスケジュール”となっています。
さらに、
- 団塊の世代が全員75歳以上になる「2025年問題」
- 人口減少で現役世代の保険料負担が限界に近い
- 介護給付費が今後さらに増加する見通し
という“複合要因”により、制度の持続性を確保するための改革が避けられなくなっています。
6 高齢者と現役世代、それぞれのメリット・デメリット
今回の改革の特徴は、「負担増/負担軽減」が世代によって明確に分かれる点です。
〈高齢者にとって〉
メリット:
- 預貯金要件や上限設定など緩和策がある
デメリット: - 2割負担の対象拡大で実質負担増
- 介護サービス利用を抑制する可能性
〈現役世代にとって〉
メリット:
- 保険料の上昇を抑える効果
- 高齢者間の公平性向上
デメリット: - 負担増の説明責任や家族間の調整が必要になる
制度改革は「誰かが得をし、誰かが損をする」構造を避けられません。
重要なのは、負担のバランスと制度の持続性をどのように調整するかという視点です。
7 今回の議論が示す「社会保障の方向性」
2割負担の拡大は、介護保険制度だけの問題ではありません。
医療・年金を含む社会保障全体が転換期を迎えており、政府が示す方向性は次のようなものです。
- 自助・共助・公助のバランスの見直し
- 所得・資産のある層には応分の負担
- 現役世代の保険料上昇を抑制
- 予算制約の中で制度の持続性を重視
今回の所得基準見直しは、その象徴的な政策といえます。
結論
介護サービスの2割負担の対象拡大は、高齢者の負担増という側面に注目が集まりがちです。しかし、その背景には「現役世代の負担増を限界まで抑えたい」という深刻な事情があります。所得基準を230〜260万円に引き下げる4案は、財政の圧縮効果に大きな差があり、どの案が採用されるかで制度の姿は大きく変わります。
一方で、月7,000円の負担増上限や預貯金要件など、丁寧な線引きを目指す工夫も盛り込まれています。
今後の社会保障改革は、世代間の負担のバランスと制度の持続性をどのように両立させるかが最大の焦点です。次回は、特に注目されている「預貯金要件の妥当性」について、より深く掘り下げていきます。
出典
- 日本経済新聞「介護保険料40~120億円圧縮 厚労省、2割負担拡大へ4案」(2025年11月29日)
- 厚生労働省:介護保険部会 資料
- 内閣府:骨太の方針2025
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
