高市政権が掲げる「責任ある積極財政」は、インフラ整備や企業支援だけでなく、人への投資(ヒューマンキャピタル投資)を中心に据えています。
少子高齢化が進み、労働力人口の減少が続く中で、教育・労働・税制を連携させた「成長と再分配の新モデル」を構築することが急務となっています。
本稿では、給付付き税額控除や教育無償化の議論を踏まえ、人的投資を財政政策の軸に据える動きを整理します。
1. 「人への投資」シフトが求められる背景
これまで日本の成長戦略は、設備投資や研究開発など「モノへの投資」に偏ってきました。
しかし、デジタル化・AI・脱炭素化といった構造変化が進む今、競争力の源泉は“人”そのものの知識と技能に移りつつあります。
OECDは各国に対し、人的資本を「持続的成長の最大のドライバー」と位置づけ、教育・リスキリング・社会参加支援への財政的コミットメントを求めています。
日本でも、少子化対策・教育支援・リスキリングを束ねた「人的投資三位一体政策」が本格的に動き出しました。
2. 教育費負担の軽減と財源改革
教育無償化の拡大は、単なる福祉政策ではなく、中長期的な成長投資です。
すでに高校授業料の実質無償化に続き、低中所得層への奨学給付金の対象拡大が合意されました。
これにより、年間8000億〜9000億円規模の新たな支出が見込まれます。
この政策は、所得階層にかかわらず教育機会を保障し、将来の生産性向上につなげる狙いを持ちます。
一方で、財源確保には租税特別措置(租特)の整理や、所得控除の見直しが不可避です。
教育・福祉の支出を「未来への投資」と位置づけ、財政構造を成長志向に再設計する――
まさに“積極財政の再定義”といえる転換です。
3. 給付付き税額控除との連動
第5回で触れた給付付き税額控除は、就労支援と所得再分配を両立する新たな仕組みです。
教育・子育て支援策と組み合わせることで、「働く人とその家族を直接支える財政構造」が形成されます。
たとえば、共働き・非正規・シングル世帯など、従来制度では支援が届きにくかった層を対象に、
給付と税制控除を連動させた所得支援を自動付与する設計が想定されています。
このように、税制・教育支援・社会保障が一体的に設計されることで、
「教育の機会格差」「年収の壁」「就労の非連続性」といった構造的課題の是正につながります。
4. リスキリングと中高年支援
もう一つの柱は、中高年層のリスキリング支援です。
企業主導型の教育訓練だけでなく、個人単位で学び直しに投資できる制度づくりが進んでいます。
政府は2025年度までに、教育訓練給付金の対象拡大、学び直し支援のオンライン化、
さらに中小企業従業員のリカレント教育費用の税額控除化を検討しています。
これは「税制を通じた人的投資」という新しい発想であり、“税による教育インフラ”の形成を意味します。
これにより、財政と教育政策が同じ方向を向く構造が整いつつあります。
5. 財政再構築の視点 ― 教育・労働・税制の連携
人的投資を軸とした財政再構築には、三つの連携が欠かせません。
| 分野 | 政策手段 | 目的 |
|---|---|---|
| 教育 | 無償化・奨学給付金・リスキリング | 人的資本形成・機会均等 |
| 労働 | 職業訓練・雇用支援・柔軟な働き方 | 就労促進・生産性向上 |
| 税制 | 給付付き税額控除・租特改革 | 所得再分配・財源確保 |
この三つの政策が有機的に連動するとき、「人を育て、働きを支え、税で循環させる」という財政の新しいモデルが完成します。
それは、単なる景気刺激策ではなく、構造的な成長政策そのものです。
結論
人的投資は、もはや「教育政策」や「雇用対策」にとどまりません。
それは、日本の財政・社会保障・税制をつなぐ共通基盤です。
教育への支出を未来の成長への投資と位置づけ、税制によって支える――。
この流れを確立できるかどうかが、「積極財政」の真価を決める分岐点となります。
「人への投資」を軸にした財政再構築は、経済の持続性と包摂性を両立させるための“本丸”です。
今後の税制改正大綱では、給付付き税額控除・教育無償化・リスキリング支援の連動設計が、どこまで具体化されるかが焦点となるでしょう。
出典
・日本経済新聞「教育無償化拡大へ 政府・与党が中所得層も対象に」(2025年10月31日)
・内閣府「人的投資・教育支援に関する中間整理(令和7年度税制改正に向けて)」
・財務省「租税特別措置に関する報告書(令和6年度)」
・厚生労働省「教育訓練給付制度の現状と見直し方向(2025年)」
・OECD「Human Capital Investment and Fiscal Policy(2024)」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
