■「長く生きる」ことが、経済設計の中心になる時代へ
かつて税制や社会保障は、「60歳でリタイアする人生」を前提に作られていました。
しかし、いまや人生100年時代。
60歳以降も20年、30年と働き、学び、消費し、納税する人が増えています。
それにもかかわらず、税・社会保障の仕組みは旧来のまま。
現役世代と高齢世代を「支える側」「支えられる側」に分けるモデルは、
すでに限界を迎えつつあります。
これから必要なのは――
「長く生きる」ことを前提にした、持続可能な税制デザイン。
つまり、“年齢ではなく活動性で支える社会”へ、
財政の考え方を変えることが求められています。
■現行税制の構造的ギャップ:人生100年に合っていない3つの前提
① 「働く期間は60歳まで」という前提
所得税・社会保険料の仕組みは、
60歳前後で稼働を終えるモデルに設計されています。
そのため、再雇用・副業・年金受給を組み合わせた“複線型就労”が増える今、
税と保険料の整合性が崩れやすい状況にあります。
② 「扶養する/される」の二分構造
配偶者控除や扶養控除などの税制は、
専業主婦モデルを想定したまま。
共働き・副業・リモートワークの多様化を前提に、
“個人単位課税”への移行が国際的にも進みつつあります。
③ 「高齢者=給付を受ける側」という前提
75歳以上でも働く人が増えています。
しかし、医療費・介護費の負担区分は年齢基準のまま。
「収入・資産に応じた負担」へと再設計する必要があります。
■新しい税制の方向性:「働く・学ぶ・支える」をつなぐ設計へ
これからの税制デザインに必要なのは、
「所得の再分配」だけではなく、“人生全体の投資循環”を支える発想です。
具体的には次の3つの柱が考えられます。
| 柱 | 内容 | 目的 |
|---|---|---|
| ① 人的資本への投資減税 | リスキリングや教育費への所得控除・税額控除 | “学び続ける人”を応援する |
| ② 就労継続支援税制 | 65歳以降の労働所得控除・社会保険料軽減 | “働き続ける人”を支える |
| ③ 経済循環型の社会保障 | 所得に応じた柔軟な年金・医療負担設計 | “支え合う社会”を実現する |
つまり、
「納税」=「社会への貢献」だけでなく、
「学び・働き」もまた“税制で支える価値”として扱う。
この転換こそが、人生100年時代の財政改革の核心です。
■出向起業・副業・再雇用 ― 個人の多軌道キャリアを制度が追いかける時代
前章までで見てきたように、
出向起業や副業など“会社に依存しない働き方”は急速に広がっています。
しかし、現行の制度では、
- 所得区分(給与・事業・雑所得)の判断が煩雑
- 社会保険の二重負担や未加入リスクが発生
- 給付(年金・医療)の調整ルールが旧来のまま
という課題があります。
今後は、働き方に中立的な税制・保険制度が必要です。
たとえば、
- マイナンバーと連動した「個人単位の課税・保険管理」
- フリーランス・副業者を対象とした“共通社会保険口座”
- 複数所得を前提にした課税簡素化(デジタル確定申告の自動集約)
これらを整備することで、
制度が個人に“追いつく”社会が実現します。
■FP・税理士の視点:税制を「個人の行動設計ツール」に変える
税制を単なるルールとして見るのではなく、
「行動をデザインする仕組み」として使う視点が重要です。
たとえば――
- リスキリング費用を経費化・控除対象にできる設計
- 副業収入を事業所得化して社会保険料負担を最適化
- 定年後の所得を分散化して課税を平準化
税制をうまく活かすことは、単なる節税ではなく、
「人生100年時代を安心して動くための設計」です。
これこそ、税理士・FPが果たすべき新しい役割。
“税務”の専門家から、“人生設計の翻訳者”へ。
■まとめ:税制デザインが「生き方」を変える
税制とは、社会の価値観の写し鏡です。
過去の税制が「安定雇用と扶養」を支えたように、
これからの税制は「挑戦と共創」を支える方向に進まなければなりません。
働くことが納税につながり、
学ぶことが投資として評価され、
社会に関わることが支援として報われる。
そうした“生き方に寄り添う税制”が実現すれば、
人生100年時代は、単なる長寿社会ではなく、
「挑戦し続けられる社会」へと変わっていくでしょう。
出典:2025年10月6日 日本経済新聞 朝刊
「『出向起業』で事業創出 富士通・NTTドコモなど制度整備進む」ほか関連報道をもとに構成
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

