人手不足時代の労働時間規制と生産性改革 ― 制度緩和の功罪

人生100年時代

人手不足が深刻化する中で、政府は「働き方改革」で導入された労働時間規制の一部緩和を検討しています。高市政権は、成長分野の人材不足に対応するため、「柔軟な労働供給の確保」を掲げています。
しかし、単純な残業上限の引き上げや休日規制の緩和だけでは、労働生産性の低下を招くリスクがあります。
本稿では、労働時間規制緩和の是非を整理しつつ、「人手不足下での生産性改革」を進めるための現実的な方向性を考えます。

1.働き方改革法とその限界

2019年に施行された「働き方改革関連法」は、時間外労働の上限を年間720時間(月平均60時間)に制限しました。この規制によって長時間労働の是正は一定の成果を上げましたが、一方で「業務量が変わらないまま労働時間だけが減った」業種では、業務効率が低下する副作用も見られました。
特に医療・介護・物流・宿泊業といった人手集約型産業では、労働時間削減とサービス維持の両立が困難です。その結果、事業縮小やサービス停止に追い込まれるケースも増えています。

2.規制緩和の検討と懸念

高市政権は2025年度中に、働き方改革法の運用見直しを議論する方針です。対象は、繁忙期対応が不可欠な業種(運輸・建設・医療など)で、「特例的な労働時間延長」を認める案が検討されています。
ただし、単に労働供給量を増やす方向に偏れば、生産性の改善を遅らせる危険性があります。
労働時間の「量」で支える経済から、「質」で支える経済への転換が求められているのです。

3.生産性改革の3つの柱

人手不足下での成長を支えるためには、規制緩和と並行して、以下の3つの生産性改革が不可欠です。

業務プロセスのデジタル化
AI・RPA・クラウド会計などの導入による定型業務の自動化が急務です。人間が担うべき業務を「判断・交渉・創造」に集中させることで、同じ労働時間でも成果を拡大できます。

職務分担と権限移譲の明確化
中小企業では「属人的業務」が生産性低下の要因となっています。ジョブ型雇用やタスク管理を導入し、責任範囲を可視化することが、効率的な働き方につながります。

人的投資とリスキリング
単なる「人材確保」ではなく、既存人材のスキル再教育が鍵になります。AI・ITスキル、マネジメント能力、データ分析などへの社内研修は、労働生産性の底上げに直結します。

これらの施策は、労働時間を延ばさずに供給力を高める「構造的対応」として、税制・補助金・社会保険制度と連動させる必要があります。

4.制度緩和と労働力多様化の両立

日本の労働市場では、女性、高齢者、外国人材の活躍が今後の供給力を左右します。
例えば、女性就労率は70%を超えましたが、育児・介護などでフルタイム勤務が難しい層も多く、柔軟な勤務制度の整備が不可欠です。
一方で、高齢者の再雇用拡大や外国人労働者の在留資格制度の改善など、「制度の壁」を取り除く多層的な改革が求められます。
このように、単なる時間規制の緩和ではなく、労働市場の多様性を高める政策こそが、生産性向上の実効性を担保します。


結論

人手不足時代の「労働時間規制緩和」は、単なる延命策ではなく、「生産性改革への橋渡し」として位置づけるべきです。
制度緩和だけに頼れば、疲弊した労働現場がさらに負担を抱え、成長の持続性を損なうおそれがあります。
必要なのは、時間を延ばすのではなく、価値を高める働き方です。AIやデジタル技術を活用し、限られた人材がより高い成果を出せる環境を整えることが、日本経済の再成長に不可欠です。
積極財政が真に機能するのは、労働と資本の生産性がともに向上したときです。人手不足を機に、働き方の質を根本から見直すことが求められています。


出典

日本経済新聞「人手不足、逃した16兆円」(2025年11月9日付)
厚生労働省「働き方改革関連法ガイドライン」
経済産業省「人材リスキリング支援施策」
内閣府「女性・高齢者の就労動向」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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