人手不足が経済成長の制約となるなかで、企業が自らの生産性を高めるための「投資促進策」が改めて注目されています。
高市政権が掲げる「積極財政」の柱のひとつが、AI・ロボット・バイオなど17の戦略分野を対象とした大胆な減税措置です。従来の需要喚起型から、供給力強化型への政策転換を意味します。
本稿では、企業が抱える人手不足を補うための税制優遇措置――特に「即時償却」と「人材投資促進税制」の再設計が、どのように日本経済の構造転換を支えるかを考察します。
1.「即時償却」とは何か
即時償却とは、企業が設備投資にかかった費用を、その年度の損金として一括で経費計上できる仕組みです。通常は耐用年数に応じて数年に分けて減価償却するため、投資効果が税務上すぐに反映されませんが、即時償却を認めることで投資初年度の税負担を大きく軽減できます。
この制度は、設備投資を前倒しさせる「時間的インセンティブ」として有効です。かつての景気対策では、震災後やリーマン・ショック後に期間限定で導入された例もありました。
今回はAIや自動化技術など、人手不足を補う投資が中心となるため、「人員削減」ではなく「省人化による付加価値創出」への転換が期待されます。
2.AI・ロボット導入支援の方向性
政府は2025年度税制改正で、AIやロボット、バイオなど17の戦略分野を対象に、即時償却または税額控除の選択制を導入する見通しです。
企業は、初期投資を即時経費化するか、一定割合を法人税から直接差し引くかを選べる仕組みになります。
特に、AIによる業務効率化・画像認識を活用した検品・介護ロボットの導入など、「労働代替ではなく補完」を意識した投資が重視される見込みです。
この制度設計は、単なる減税ではなく、「労働生産性向上を通じた供給力強化」を狙った政策転換の象徴といえます。
3.人材投資促進税制の再評価
生産性の向上は設備だけでなく「人」にも依存します。2023年度に導入された「人材確保促進税制」や「賃上げ促進税制」は、賃上げや研修実施企業への税額控除を認めるものでした。
しかし現場では、賃上げを行う余力の乏しい中小企業ほど恩恵を受けにくく、制度の利用率は限定的でした。
2025年度改正では、これらの制度を統合し、「AI・IT研修」「業務自動化スキル」「管理職育成」など人的資本投資の範囲を拡大する方向で見直しが検討されています。
また、雇用の維持や地域人材育成を条件とする税制優遇も議論されています。これは、単なる「費用控除型」から「能力開発支援型」への転換を意味します。
4.税務・会計処理上の実務ポイント
即時償却を適用する場合、企業は該当する設備が「指定事業用資産」に該当するかを確認し、取得日・供用開始日を正確に管理する必要があります。
また、償却限度超過分が翌期に繰り越せない場合、節税効果を最大化するには利益水準とのバランス設計が重要です。
人材投資促進税制では、給与総額や教育訓練費の増加率の算定にあたり、関連帳票や証憑管理を求められるため、労務・経理の連携が不可欠です。
制度適用の判断を誤ると、後日の税務調査で修正申告を求められるリスクもあるため、専門家の関与が望まれます。
結論
人手不足は企業経営における最大の制約要因であり、単なる賃上げや補助金では対応しきれません。即時償却や人材投資促進税制は、企業が「省人化」と「能力開発」を同時に進めるための基盤となります。
今後は、設備投資と人的投資の両輪を支える税制インセンティブが不可欠です。AI・ロボット・デジタル化を通じた業務効率化とともに、現場で働く人のスキルアップを後押しする税制設計こそが、日本経済の持続的成長の鍵になります。
積極財政を真に生かすには、「税制を通じた生産性革命」の視点が求められているのです。
出典
日本経済新聞「高市政権、AI・バイオなど17分野に大胆減税へ」(2025年11月9日付)
財務省「税制改正要望(2025年度)」
経済産業省「人材投資促進税制の活用状況」
中小企業庁「中小企業の生産性向上と設備投資動向」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
