人手不足と構造改革 ― 16兆円の機会損失をどう埋めるか

人生100年時代

いま、日本経済を静かに蝕んでいる最大の課題は「人手不足」です。
日本経済新聞と日本総合研究所の試算によると、人手不足によって失われた経済機会は年間16兆円に達し、名目GDPの2.6%に相当します。これは静岡県の総生産規模に匹敵する数字です。
政府は「積極財政」を掲げていますが、需要を喚起するだけでは経済は回りません。必要なのは、供給力を高める構造改革です。
本稿では、人手不足が生む経済的損失と、税制・労働制度・生産性改革を通じてそれを克服するための道筋を整理します。

1.人手不足がもたらす構造的リスク

日本総研の分析によると、人手不足による機会損失は過去5年で4倍に膨らみました。
特に宿泊・介護・小売などの非製造業が13兆円を占め、全体の8割を構成しています。これらの分野は機械化・デジタル化の遅れが顕著で、人材依存型の業務構造が続いています。

例えば観光業では、訪日客が回復しても受け入れ体制が追いつかず、客室稼働率を意図的に抑える宿泊施設もあります。介護分野では離職率の上昇により、サービス提供を維持できずに倒産するケースも増加しています。

東京商工リサーチの調査によれば、求人難などを原因とする倒産は2024年度に過去最多の309件。倒産予備軍企業も全体の2.5%に上り、10年前に予備軍だった企業の4分の1がその後に事業停止しています。
この流れが放置されれば、「需要はあるのに供給できない経済」という、縮小均衡が加速します。


2.即時償却と人材投資促進税制の再設計

こうした構造的課題に対して、高市政権が打ち出したのが「AI・ロボット・バイオなど17分野への大胆な減税」です。
この政策の柱が、設備投資の即時償却人材投資促進税制です。

即時償却とは、通常は数年にわたって経費化する設備投資費用を、取得年度に全額損金算入できる制度です。投資初年度の法人税負担を軽減し、企業が自動化やデジタル化を前倒しで実施できるようにします。
人材投資促進税制は、賃上げや教育訓練を実施した企業に税額控除を認める仕組みであり、2025年度改正では「AI研修」「ITスキル育成」「管理職教育」など人的資本投資の範囲拡大が検討されています。

これらの税制優遇は、単なる景気刺激策ではなく、「労働生産性を高めるための構造的インセンティブ」へと転換しています。
税務上の即時償却を適用する際は、指定資産の判定や取得日管理などの実務も重要です。中小企業では特に、節税効果と利益計画を両立させる会計設計が鍵となります。


3.労働時間規制の見直しと「質で支える経済」への転換

人手不足の深刻化に伴い、政府は労働時間規制の見直しにも踏み込もうとしています。
2019年に施行された働き方改革関連法は、残業上限を年間720時間と定めましたが、人手不足の業種では「労働時間が減っても業務量が減らない」という矛盾が表面化しています。

高市政権は、繁忙期対応が不可欠な運輸・建設・医療分野などを対象に、特例的な労働時間延長を認める方向で検討を進めています。
しかし、時間の延長は一時的な供給増にはなるものの、生産性向上の遅れを固定化するリスクがあります。

求められるのは、労働時間を増やすことではなく、労働の質を高める改革です。
そのためには、次の3つの柱が欠かせません。

  1. 業務プロセスのデジタル化:AI・RPAによる定型業務の自動化
  2. 職務分担の明確化:ジョブ型雇用やタスク管理で責任を可視化
  3. リスキリングの推進:IT・マネジメント・分析力の再教育

これらを支えるのが、補助金や税制優遇などの政策的支援です。
また、女性・高齢者・外国人材の活躍拡大も不可欠であり、柔軟な勤務制度や再雇用、在留資格制度の改善など、労働市場の多様化を後押しする仕組みが求められています。


結論

人手不足はもはや一過性の問題ではなく、日本経済の供給制約そのものです。
積極財政を効果的に機能させるためには、「財政支出」だけでなく「構造改革による生産性向上」が不可欠です。
その中核となるのが、

  • AI・自動化を支援する即時償却制度、
  • 能力開発を促す人材投資促進税制、
  • 柔軟かつ多様な働き方を支える労働制度改革、
    の三位一体の戦略です。

時間ではなく価値で勝負する経済、量ではなく質で成長する社会へ。
人手不足を「衰退の要因」から「構造転換の契機」に変えられるかどうかが、これからの日本経済の行方を左右します。


出典

日本経済新聞「<労働臨界>人手不足、逃した16兆円」(2025年11月9日付)
日本経済新聞「高市政権、AI・バイオなど17分野に大胆減税へ」(2025年11月9日付)
日本総合研究所 西岡慎一主席研究員コメント
東京商工リサーチ「人手不足倒産調査(2024年度)」
日本政策投資銀行「企業投資計画調査」
財務省「税制改正要望(2025年度)」
厚生労働省「働き方改革関連法ガイドライン」
経済産業省「人材リスキリング支援施策」
内閣府「女性・高齢者の就労動向」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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