いま、日本経済において最も深刻なボトルネックとなっているのが「人手不足」です。日本経済新聞と日本総合研究所の分析によれば、人手不足によって失われた経済機会は年間16兆円にのぼります。これは名目GDPの約2.6%に相当し、静岡県の総生産に匹敵する規模です。
新政権が掲げる「積極財政」や賃上げ政策だけでは、この構造的問題は解消しません。人手不足の背景には、労働力供給の制約、生産性向上の遅れ、そして設備投資の停滞という三重の課題が横たわっています。
1.人手不足による経済的損失の拡大
日本総研の試算によると、2024年の人手不足による機会損失は16兆円と、5年前の4倍に膨らみました。特に、宿泊・介護・小売などの非製造業で13兆円を占めており、機械化・デジタル化の遅れが深刻です。
例えば、観光業界では外国人旅行者の回復が進む一方で、受け入れ態勢が追いついていません。栃木県の日光市では人員不足のため客室稼働率を50%に抑えざるを得ない旅館もあります。介護業界でも離職率が高まり、「人がいれば続けられた事業」が倒産に追い込まれるケースが相次いでいます。
2.「人手不足倒産」の急増とその波及
東京商工リサーチの調査では、求人難などを原因とする倒産が2024年度に309件と過去最多となりました。これは前年比6割増という急増ペースです。さらに、将来的に倒産の危険がある「人手不足倒産予備軍」に該当する企業は全体の2.5%。10年前に予備軍だった企業の4分の1が実際に事業を停止しています。
中小企業においては、事業承継と人材確保の両方が課題化しており、人手不足が地域経済全体の縮小均衡を引き起こす懸念があります。
3.設備投資の停滞と生産性格差の拡大
人手不足の影響は企業の投資活動にも及んでいます。日本政策投資銀行によると、主要企業の投資計画と実績の乖離率は19年度以降、一貫して10%前後に達しています。2024年度に実行されなかった投資額は1.9兆円と見積もられています。
特に、生産性向上を支える「ソフトウエア投資」の水準に大きな格差があります。法人企業統計によれば、従業員1人あたりのソフト資産は、飲食・宿泊業で2万円、医療・福祉業で5万円にとどまり、全産業平均の45万円を大きく下回っています。
この投資格差が、労働生産性の地域差・業種差を拡大させ、人手不足がさらに深刻化する悪循環を生み出しています。
4.政策対応の限界と構造改革の方向性
高市政権は、労働時間規制の緩和検討を進めています。確かに、一定の労働供給増につながる可能性はありますが、単なる「時間延長」は根本的解決にはなりません。むしろ、労働生産性を押し下げるリスクもあります。
求められるのは、短期的な労働供給の確保ではなく、AIやロボットの導入、業務プロセスの自動化、スキルアップを含む「人的投資」の拡充です。特に中小企業では、IT導入補助金や人材育成支援を通じて、現場レベルでの生産性向上を後押しする政策が急務です。
結論
日本経済の成長を阻んでいるのは「需要の不足」ではなく「供給の制約」です。人手不足による16兆円の機会損失は、財政出動や金融緩和では埋められません。必要なのは、労働生産性の底上げと労働参加率の拡大を両立させる構造改革です。
具体的には、女性や高齢者の就労支援、外国人労働者の受け入れ環境整備、そしてデジタル技術による省人化投資を進めることが鍵になります。供給力を高めてこそ、積極財政も真に効果を発揮します。
人手不足を克服することは、単なる労働政策ではなく、成長戦略そのものなのです。
出典
日本経済新聞「<労働臨界>人手不足、逃した16兆円」(2025年11月9日付)
日本総合研究所 西岡慎一主席研究員コメント
東京商工リサーチ「人手不足倒産調査(2024年度)」
日本政策投資銀行「企業投資計画調査」
財務省「法人企業統計調査」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
