1. 制度の目的と適用スキームの全体像
事業承継税制は、中小企業の後継者が自社株式を贈与・相続によって取得する際の贈与税・相続税を猶予・免除する制度です。
(中小企業経営承継円滑化法および租税特別措置法第70条の7)
現行制度は「特例制度」と呼ばれ、
令和9年3月31日までに特例承継計画を提出していれば、
贈与税・相続税ともに最大100%納税猶予・免除が可能です。
💡この制度の実務的ゴールは「申請で終わり」ではなく、
「5年間の事業継続管理と税務署への報告」を完走することです。
2. 【図解】申請〜認定までの流れ(時系列)
① 承継計画の策定(都道府県)
↓
② 贈与・相続の実行
↓
③ 納税猶予の申請(税務署)
↓
④ 認定書交付(都道府県知事)
↓
⑤ 5年間の継続届提出(毎年)
↓
⑥ 免除判定・最終報告
書類は都道府県+税務署の二経路で動きます。
「どちらに先に出すか」「どの資料を添付するか」が実務上のポイントです。
3. ステップ別:申請実務の流れ
Step 1:特例承継計画の策定(都道府県)
| 書類名 | 提出先 | ポイント |
|---|---|---|
| 特例承継計画書 | 都道府県(商工担当部局) | 中小企業支援機関・金融機関の確認印が必要 |
| 添付書類 | 定款・株主名簿・直近決算書など | 業種・雇用要件の確認 |
- 提出期限:令和9年3月31日まで
- 承継後の変更は「変更届出」で対応可能
💬 この段階では「贈与や相続はまだ行わない」。
あくまで「計画」提出で、制度利用の“事前登録”のようなものです。
Step 2:贈与・相続の実行(登記・議事録)
- 贈与契約書・株式譲渡契約書の作成
- 株主名簿・株券(または株式振替)を更新
- 代表者変更登記(法務局)
- 取締役会議事録・株主総会議事録を整備
⚖️ 株式の名義変更日は「贈与日」と一致させることが原則。
後日修正すると税務署で指摘を受けるリスクがあります。
Step 3:納税猶予申請(税務署)
| 書類名 | 提出先 | 提出期限 |
|---|---|---|
| 贈与税・相続税の申告書(別表添付) | 所轄税務署 | 贈与・相続発生から2か月以内 |
| 非上場株式等に係る納税猶予・免除申請書 | 同上 | 同時提出必須 |
| 認定申請書・特例承継計画の写し | 都道府県発行分を添付 | 後継者本人が提出 |
💡贈与税の納税猶予では、「贈与者と受贈者の双方」が印鑑を押す必要があります。
提出漏れ・押印不備が最も多いエラーです。
4. 認定後の実務 ―「5年間の継続要件」と税務署対応
制度を利用した後も、5年間にわたり次の届出義務があります。
| 年度 | 提出書類 | 内容 |
|---|---|---|
| 毎年 | 事業継続届出書 | 雇用維持・代表者継続・株式保有を報告 |
| 最終年 | 確定届出書 | 5年経過時点での事業継続を報告し、免除判定 |
雇用維持要件は「平均8割以上」を満たせばOK(緩和措置あり)。
一時的に雇用が減少しても、合理的理由があれば認定取り消しになりません。
5. 【ケース】申請後の税務署調査と対応ポイント
事例:B社(製造業・年商5億円)
- 贈与税の納税猶予申請を行い、後継者が代表就任
- 3年目に税務署から「実態調査(書面照会)」を受ける
📑 税務署からの主な質問事項:
- 後継者が実際に代表取締役として経営に関与しているか
- 贈与株式を後継者本人が継続保有しているか
- 雇用者数・売上規模が急減していないか
- 親族間での再贈与・譲渡がないか
🧾 対応の勘どころ:
- 調査対応は税理士が同席して回答
- 「取締役会議事録」「従業員名簿」「株主名簿」を即時提出できるよう整理
- 実際に経営判断をしている証拠(決裁書・メールなど)を提示すると効果的
💡税務署は「形式要件」よりも「実態」を重視します。
名義だけ代表で実務を親が行っていると、納税猶予取り消しのリスクがあります。
6. よくある失敗と対策
| よくあるミス | リスク | 対応策 |
|---|---|---|
| 計画書の提出漏れ | 制度対象外となる | 期限(令和9年3月)内に提出 |
| 贈与契約書の日付ずれ | 税務署で否認される | 株主名簿更新と同日に合わせる |
| 雇用要件未達 | 猶予取り消し | 理由書を添付し都道府県に説明 |
| 代表権の変更忘れ | 要件不充足 | 登記簿上の代表者変更を速やかに実施 |
| 事業廃止・合併 | 猶予取消+一括課税 | 事前に認定取消届を提出して調整 |
7. 税理士・専門家の役割
事業承継税制は「申請書を書く制度」ではなく、「5年管理する制度」です。
税理士や顧問FPには、次の3つの役割が求められます。
1️⃣ 制度適用判断の助言
対象株式・議決権・資本金など要件を精査
2️⃣ 申請書類の整備と添付書類管理
株主名簿・議事録・計画書をフォルダ管理
3️⃣ 税務署・都道府県との窓口対応
定期報告・書面照会に即応できる体制を構築
🧩 特に「都道府県と税務署のダブルチェック構造」を理解し、
双方の審査観点を踏まえた書類整備が求められます。
8. まとめ ― 「使える税制」にするために
事業承継税制は、申請すれば自動で助かる制度ではありません。
書類の整備・実態の維持・定期報告の3点を継続的に行うことが成功の鍵です。
- 計画書は早めに提出(令和9年3月末が最終期限)
- 株式の贈与・代表権変更を整合させる
- 5年間の継続管理と税務署対応を怠らない
✅ 制度の本質は「後継者が経営を継続できる環境を守ること」。
書類よりも、“実態の継続”こそが最大の防衛策です。
📘 出典・参考
- 中小企業庁『特例事業承継税制の手引き(令和6年度版)』
- 国税庁『非上場株式等に係る納税猶予・免除制度(FAQ)』
- 財務省『事業承継税制の運用状況と見直し方針』
- 日本公認会計士協会『事業承継税制申請業務ガイドライン』
- 日本経済新聞「自社株報酬と承継税制、広がる導入」(2025年10月)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
