1. なぜ今「事業承継税制」と「家族信託」なのか
日本の中小企業経営者の平均年齢は 62歳。
全国で127万社が「後継者未定」と言われています。
後継者不足の背景には、
- 相続税・贈与税の負担が重い
- 経営権を分散させたくない
- 相続時のトラブルリスクが高い
という“心理的・制度的ハードル”があります。
こうした課題を解決するために、
近年注目されているのが 「事業承継税制」と「家族信託」 の併用です。
両者を組み合わせることで、
「税の負担を軽減しつつ、経営権を確実に承継する」ことが可能になります。
2. 【図解】二つの制度の関係イメージ
┌──────────────┐
│ ①事業承継税制 │
│ ├ 納税を猶予(最大100%) │
│ └ 後継者が代表として事業継続 │
└──────────────┘
↓(株式保有)
┌──────────────┐
│ ②家族信託(民事信託) │
│ ├ 経営権を信託し管理を分離 │
│ └ 認知症・相続トラブルを回避 │
└──────────────┘
💡事業承継税制=「税の軽減策」
家族信託=「経営権の安全策」
この2つを組み合わせると、“税も人も守る”承継が実現します。
3. まず押さえる「事業承継税制」の基本構造
(1)制度の目的
中小企業の円滑な事業承継を支援するため、
後継者が引き継ぐ株式にかかる贈与税・相続税を猶予・免除する制度。
(2)対象企業
- 中小企業基本法の定義に該当(資本金・従業員数要件あり)
- 上場企業、みなし大企業は対象外
(3)対象株式・対象者
- 後継者1名が対象(親族・役員・社員でも可)
- 贈与・相続により議決権の過半を取得
(4)税制効果
- 贈与税:100%納税猶予
- 相続税:100%納税猶予
(5年間の事業継続要件あり)
(5)手続フロー
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ① 承継計画の策定 | 都道府県に「特例承継計画」を提出(令和9年3月末まで) |
| ② 贈与・相続の実行 | 株式を後継者に移転 |
| ③ 認定申請 | 税務署へ特例承継計画・事業継続届出書を提出 |
| ④ 5年間の事業継続 | 雇用維持・代表者継続などの要件を遵守 |
| ⑤ 免除判定 | 継続要件を満たせば納税免除へ移行 |
4. 家族信託とは ― “財産管理の次世代委任”
家族信託(民事信託)とは、
財産の所有者(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産管理を任せ、
最終的に利益を受ける人(受益者)を決めておく制度です。
家族信託の基本構造
【委託者】…創業者(親)
↓ 信託契約
【受託者】…後継者(子)
↓ 株式・財産管理
【受益者】…創業者本人(配当受取など)
🧩 創業者が認知症になった場合でも、
受託者(後継者)が信託契約に基づき株式を管理・議決できるため、
経営が止まらない という大きなメリットがあります。
5. 【図解】併用の全体像
[STEP1] 事業承継税制で株式を後継者へ贈与
↓(贈与税は猶予)
[STEP2] 家族信託を設定し、株式を信託財産へ移転
↓(信託財産として後継者が管理)
[STEP3] 創業者は受益者として配当を受け取る
↓(認知症・死亡時も継続運用)
[STEP4] 後継者の子世代まで信託継承可能
💡ポイントは「株式の所有(経済的価値)」と「議決権の管理」を分離できる点。
税の負担を抑えながら、経営権を安全にバトンタッチできます。
6. ケーススタディ:A社(製造業・非上場)
創業者:65歳 / 後継者:長男(取締役・40歳)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 株式評価額 | 1億2,000万円 |
| 贈与方法 | 事業承継税制を活用し贈与 |
| 贈与税 | 納税猶予(実質0円) |
| 信託設定 | 長男を受託者、創業者を受益者とする家族信託を契約 |
| 効果 | 創業者が認知症になっても長男が議決権行使可/配当収入は親へ |
✅ 結果:
贈与税・相続税の負担を抑えつつ、経営権がスムーズに移行。
創業者の意思を維持したまま、経営の「空白リスク」を回避できた。
7. 税務・法務上の留意点
| 分類 | 内容 |
|---|---|
| 税務 | 信託移転時は原則非課税(贈与扱いにならない)。ただし信託契約の内容により課税リスクあり。 |
| 法務 | 信託契約書の内容に「議決権・配当の帰属」を明確に記載。弁護士・司法書士の関与が望ましい。 |
| 承継税制 | 信託後も後継者が議決権の過半を保持していることが条件。信託設計時に必ず確認。 |
⚠️ 事業承継税制と家族信託を併用する場合、
「株式の名義は信託名義でも、議決権支配は後継者にある」ことを証明する設計が不可欠です。
8. 実務での進め方(専門家チーム体制)
| 役割 | 主な担当業務 |
|---|---|
| 税理士 | 株式評価、承継税制申請、贈与税シミュレーション |
| 弁護士 | 信託契約書・議決権条項の作成 |
| 司法書士 | 株式名義変更、信託登記 |
| 金融機関・信託銀行 | 信託口座・資金管理 |
| FP | 相続・贈与・ライフプランの総合設計 |
🌿 成功する承継の共通点は、「ワンストップチーム体制」。
税と法務を分離せず、最初から共同で設計することが重要です。
9. まとめ ― 「税を減らす」だけでなく「事業をつなぐ」承継へ
事業承継税制と家族信託は、
単なる節税策ではなく、次世代に経営と理念をつなぐ仕組みです。
- 事業承継税制で「税の壁」を下げ、
- 家族信託で「経営の空白」を防ぐ。
この2つを組み合わせれば、
「創業者の想い」と「次世代の実行力」を両立できます。
🏢 株をどう残すかは、税の問題だけではなく、
家族と企業の未来設計の問題。
それを形にするのが、この2つの制度の力です。
📘 出典・参考
- 中小企業庁『特例事業承継税制の手引き(令和6年度版)』
- 国税庁『財産評価基本通達』・『民事信託に関する課税関係Q&A』
- 日本経済新聞「社員に自社株報酬 広がる」(2025年10月24日 朝刊)
- 金融庁『民事信託の活用と税務実務ガイド』
- 日本公認会計士協会『事業承継における信託活用の実務指針』
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
