◆ 「資金を使う決断」は、最も難しい経営判断
手元資金を十分に確保していても、
「今使うべきか」「もう少し様子を見るべきか」と迷う経営者は少なくありません。
しかし、金融庁のガバナンス改革でも明らかなように、
今の時代に求められるのは、ためる経営から“活かす経営”への転換です。
とはいえ、「何に」「どれだけ」使えばよいのかを判断するには、
感覚ではなく仕組みとしての意思決定基準が欠かせません。
◆ “なんとなく保留”が企業の成長を止める
内部留保が積み上がる背景には、経営者の「慎重さ」だけでなく、
次のような“曖昧な保留”の構造があります。
- なんとなくリスクが怖い
- 社員に説明しづらい
- 「今のままで困っていない」
- どんな投資が効果的かわからない
この“保留”の積み重ねが、気づけば何千万円という眠る資金を生み、
企業の未来を細くしていくのです。
◆ ステップ①:投資判断の「3つの基準」を設定する
中小企業の投資判断では、次の3点を押さえることが肝心です。
| 基準 | 内容 | チェックポイント |
|---|---|---|
| ① 回収可能性 | 投資金額に対して将来の利益やコスト削減効果が見込めるか | 何年で回収できる?粗利率は上がる? |
| ② 持続性 | 一時的な効果で終わらず、事業の体力を高める投資か | 3年後も価値を生み続ける? |
| ③ 社員・顧客への波及効果 | 社員のモチベーションや顧客満足につながるか | 生産性・顧客単価・離職率に影響する? |
たとえば「AI会計ソフト導入」は、
短期的にはコスト増に見えても、長期的には生産性向上で回収可能性が高い投資です。
このように“数字で見えないリターン”も評価する仕組みを持つことが重要です。
◆ ステップ②:投資の“優先順位”を決めるフレーム
投資候補が複数ある場合は、次の4象限で整理します。
【投資優先度マトリクス】
効果大 | 効果小
─────────────────────
緊急性高 | ① 今すぐ実行 | ② 短期検討
緊急性低 | ③ 将来候補 | ④ 見送り
- ①は「AI導入」「老朽設備更新」「主要人材の採用」など即時実行
- ②は「新商品開発」「広告投資」など数か月以内に検討
- ③④は将来計画に位置づけて、定期的に見直します
優先順位を明確にすることで、意思決定が“スピード化”します。
◆ ステップ③:「小さく試して、大きく伸ばす」
投資は「いきなり全額」ではなく、段階的に試すのが中小企業の鉄則です。
たとえば、
- AI導入 → 部署単位でテスト運用
- 新商品開発 → 既存顧客限定で試験販売
- 新規出店 → シェアオフィス・サテライト展開で検証
結果を数値化し、「どれだけ効果が出たか」を見える化。
このプロセスを繰り返すことで、社内に“投資を学ぶ文化”が生まれます。
◆ 税務・会計の観点から見た「投資判断の落とし穴」
- 節税目的だけの投資はNG
「経費になるから」という理由だけで行う投資は、
キャッシュ流出を早め、資金繰りを悪化させるリスクがあります。 - 減価償却の見落としに注意
設備投資を行う際は、減価償却による税効果を必ず試算。
翌期以降の利益・資金にどう影響するかを確認しましょう。 - 補助金・助成金の活用を前提にしない
採択されなければ資金計画が崩れます。
「もらえたらプラス」という前提で計画するのが安全です。
◆ 税理士・FPがすすめる「投資判断の5つの質問」
- この投資で何を変えたいのか?
- 3年後、どういう形で成果を測れるか?
- 最悪のケースでも会社が倒れないか?
- 社員・顧客はこの変化を歓迎するか?
- それでも今やる価値があるか?
この5問を経営会議のたびに問い直すだけで、
“思いつきの投資”や“惰性の保留”を防げます。
◆ 結び ― 「お金を使う力」が企業を伸ばす
内部留保は、会社が過去に積み上げた「努力の証」。
しかし、それを動かす勇気こそが経営の進化です。
「リスクを取らないことが最大のリスクになる」時代、
企業の未来を左右するのは、お金を“守る力”ではなく“使う力”です。
📘 出典・参考
2025年10月22日 日本経済新聞朝刊「企業現預金100兆円にメス」
中小企業庁『経営デザインシート活用ガイド』
日本政策金融公庫『中小企業経営者のための投資判断の考え方』
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
