2025年9月末時点で、国際会計基準(IFRS)を任意適用する日本企業は約300社に達しました。
トヨタ、ソニー、ソフトバンクなど大企業の採用が進む一方で、最近は中堅企業でも「IFRS導入を検討する動き」が出始めています。
「海外投資家への説明をしやすくしたい」「グループ連結をスムーズにしたい」といった声が背景にありますが、
実際に導入を検討すると、人材・システム・コストの壁に直面するケースが少なくありません。
今回は、そんな「中堅企業がIFRS導入を考える際の現実的な課題とコスト」について整理します。
🔹 なぜ今、IFRSが中堅企業にも広がっているのか?
まず前提として、IFRS導入を検討する中堅企業には大きく3つの動機があります。
| 動機 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| ① グローバル展開 | 海外子会社や海外顧客との取引拡大に合わせ、決算の国際整合性を確保したい | 東南アジア・欧州に子会社を持つ製造業など |
| ② 上場・資本政策 | 将来的なIPOや資金調達を見据えて、IFRS対応の体制を整えたい | プライム市場上場を目指す準備段階の企業 |
| ③ ガバナンス強化 | グループ全体の決算を統一基準で管理したい | 子会社が増えた持株会社・ホールディングス系企業 |
つまり、「グローバル」「資本市場」「経営統合」が共通のキーワード。
一方で、IFRS導入は“経理部だけの話”では済みません。会社全体を巻き込むプロジェクトになるのです。
🔹 課題①:人材と知識の不足
最大のハードルはIFRSを理解し、運用できる人材が社内にいないことです。
日本基準とは思想も表現も異なるため、単なる翻訳では対応できません。
たとえば:
- のれんの非償却(減損テスト)の判断
- 収益認識の契約単位の見極め
- 公正価値評価に関する社内ルールづくり
これらは「簿記3級」レベルでは対応できず、専門知識と経営判断が必要になります。
実務対応を会計士やコンサルに丸投げしても、最終的に運用するのは社内です。
「社内担当者のIFRS理解をどう底上げするか」が成否を分けます。
🟩 対策の方向性
- 社内で「IFRS推進チーム」を設置
- 研修・外部セミナー・専門誌で基礎知識を習得
- IFRS対応の監査法人・顧問税理士との連携を強化
🔹 課題②:システム改修・会計インフラの対応
IFRSは理論だけでなく、決算システムの設計思想そのものを変える必要があります。
特に注意が必要なのは:
- 勘定科目体系の再構築(IFRSでは科目分類が異なる)
- リース会計、金融商品評価などの自動計算対応
- 連結パッケージ(子会社報告様式)の刷新
ERP(統合基幹システム)を導入している場合でも、IFRSモジュールの追加やカスタマイズが必要になるケースがあります。
このため、システム改修コストが導入コスト全体の3〜5割を占めることも珍しくありません。
🟩 対策の方向性
- まずは連結決算だけIFRS化(単体は日本基準のまま)
- 既存システムベンダーと「段階導入」スケジュールを設計
- 会計方針の違いを“補正仕訳”で吸収する暫定対応も検討
🔹 課題③:開示・説明責任の重さ
IFRSは「投資家目線の会計基準」。
したがって、開示資料や注記が格段に増えることになります。
たとえば:
- 収益の分解開示(セグメント別、契約別など)
- 公正価値評価の根拠説明
- のれんの減損テストの前提条件開示
これらを正確に作成するには、
「会計だけでなく経営・営業・リスク管理まで横断的な連携」が求められます。
🟩 対策の方向性
- 開示資料を“単なる会計書類”ではなく経営説明資料と位置づける
- CFO(最高財務責任者)の主導でストーリー性ある説明を準備
- 投資家説明会・IR体制の整備を並行して進める
🔹 図表① 中堅企業のIFRS導入にかかる主なコスト項目(概算)
| 区分 | 内容 | 規模感(中堅企業の場合) |
|---|---|---|
| 人材教育・専門家費用 | IFRS研修、外部コンサル、監査法人支援 | 年間500〜1,000万円 |
| システム改修 | ERP/会計システムのIFRS対応 | 1,000〜3,000万円 |
| 開示対応 | 注記・資料作成、内部統制整備 | 500〜1,000万円 |
| プロジェクト管理 | 社内プロジェクトチーム運営、人件費等 | 300〜800万円 |
| 合計 | 初期導入コスト | 2,000〜5,000万円規模 |
※実際の費用は企業規模・業種・グループ構成により大きく変動します。
🔹 課題④:税務・内部統制とのすり合わせ
IFRSは「会計の見せ方」を国際化するものですが、税務申告は日本の税法に基づくため、
会計上の利益と税務上の所得の差が拡大します。
- IFRSでは利益が増えても、税務上の課税所得が変わらない
- 減損処理や資産再評価で「一時差異」が頻発する
このズレを把握するために、税効果会計や内部統制プロセスの再設計が必要です。
🟩 対策の方向性
- IFRSベースの会計と税務ベースの会計を並行管理
- 税務顧問・監査法人と連携した「ダブルトラック体制」を構築
🔹 IFRS導入は“経営構造改革プロジェクト”
中堅企業にとってIFRS導入は「会計基準を変える」だけではなく、
経営の透明化・説明力の強化・海外市場への信頼構築につながる“構造改革”でもあります。
そのためには、次のような考え方が重要です。
💬「会計を変える」のではなく、
💬「会社の見せ方を変える」プロジェクトとして取り組む。
✏️ まとめ
- IFRS導入の背景には「グローバル化」「ガバナンス」「資本市場対応」がある。
- 中堅企業にとっての主な課題は 人材・システム・開示・税務 の4点。
- 初期導入コストは 2,000万〜5,000万円規模 が目安。
- 成功の鍵は「社内理解」と「段階的導入」。
IFRS導入は“コスト”ではなく、
企業価値を世界に伝えるための投資と考えるべき時代です。
📘出典・参考
2025年10月21日 日本経済新聞朝刊「IFRSに染まる株式市場」
企業会計基準委員会(ASBJ)「IFRS適用会社リスト」
経済産業省『IFRS導入検討に関する実務指針』
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

