脱炭素社会を支える重要素材として近年注目されているのが「レアアース」です。
レアアースは、風力発電の大型タービンや電気自動車(EV)のモーターに使われる永久磁石の主要素材であり、エネルギー転換と電動化の進展に不可欠な金属群です。
しかし、その供給は極めて偏在しており、地政学リスクが世界的な課題となっています。本稿では、レアアースの需給構造と地政学リスク、そして日本企業が向き合うべき課題について整理します。
1. レアアースとは何か——脱炭素に欠かせない“機能性金属”
レアアースは17種類の希土類元素の総称です。
特に脱炭素分野で重要なのは以下の4種類です。
- ネオジム(Nd)
- ジスプロシウム(Dy)
- プラセオジム(Pr)
- テルビウム(Tb)
これらは 永久磁石(ネオジム磁石) に使われ、
- 風力発電の大型タービン
- EVの駆動モーター
- 家電・ロボット
- データセンターの精密機器
などに不可欠です。
脱炭素の進展=レアアース需要の増加
という構図が定着しつつあります。
2. 風力発電はレアアース消費の“巨人”
特に風力発電、とりわけ洋上風力では大量のレアアースが必要です。
- 風力タービン1基あたり:300〜700kg
- 回転部の永久磁石に大量使用
- 洋上は着脱ができず大型化するため、磁石品質の要求も高い
風力が拡大するほど、レアアースの消費量は拡大します。
IEAは、
「風力発電に必要なレアアース需要は2040年までに3倍以上になる」
と試算しています。
3. なぜレアアースは地政学リスクの象徴となるのか
(1)中国依存が極端に高い
レアアースの最大のリスクは、供給の偏在です。
- 鉱石採掘の世界シェア:60〜70%(中国)
- 精製・分離の世界シェア:80〜90%(中国)
素材として使える形にする「精製」が中国に集中しており、ここを代替するのは容易ではありません。
(2)過去には輸出制限も
2010年には、日本との外交問題を背景に、中国がレアアース輸出を制限したことで、価格が急騰しました。
この出来事は、
「資源は地政学的な武器になる」
という教訓として世界に強い印象を残しました。
(3)米中対立で緊張が高まる
現在、米国は軍事用途でもレアアースを大量に使用します。
そのため、
- 米国のレアアース産業再建
- EUの戦略的自律性確保政策
- 日本の非中国依存調達の強化
が同時並行で進んでおり、レアアース市場は“静かな戦争”の様相を呈しています。
4. 各国が進める“脱中国依存”の動き
(1)米国:調達を国家安全保障の柱に
- 国内鉱山の復活
- オーストラリア企業との連携
- 国防生産法を発動しレアアース精製企業を支援
軍事用途の多さから、レアアースは安全保障そのものと位置づけられています。
(2)EU:重要原材料法(CRMA)で域内生産を拡大
欧州連合は、
- 主要原材料の域内採掘10%以上
- 精製プロセス40%以上
を目標に掲げ、「脱中国依存」を加速しています。
(3)日本:JOGMECが中心となった調達強化
日本は過去の輸出制限の経験から、
- ベトナム・豪州などとの共同開発
- 企業による長期契約支援
- レアアース泥(EEZ内)調査の加速
を進めています。
とはいえ、精製能力の壁は高く、完全な脱中国依存は容易ではありません。
5. レアアース価格の動向と今後の課題
(1)価格は政治情勢と連動して動く
レアアースは需給だけでなく、
- 政治的緊張
- 各国の政策
- 輸出規制
に大きく左右されます。
一般的な金属よりも価格の変動幅(ボラティリティ)が大きいのが特徴です。
(2)代替・リサイクルも進むが、需要増を抑えるには不十分
- レアアースの使用量削減技術
- 磁石のリサイクル
- 代替モーター(誘導モーターなど)
これらの取り組みは進んでいますが、大規模な需要増を相殺するほどではありません。
風力やEVが普及する限り、レアアース需要は底堅く増えつづけます。
6. 日本企業が直面するリスクと対応
以下のようなリスクが顕在化しています。
- 価格上昇による製造コスト圧迫
- 調達先が限定されることによる供給不安
- 取引先の政治リスクが企業経営に波及
- 需要の増大による“争奪戦”の激化
対応として重要なのは、
- 調達分散(複数国との契約)
- リサイクル強化
- 設計段階でのレアアース使用量削減
- 官民連携によるサプライチェーン強化
などです。
EV・風力・ロボティクスなど、日本産業の得意分野と密接に関わるため、レアアースの安定調達は競争力の核心となります。
結論
レアアースは、脱炭素と電動化を支える“見えないインフラ”です。
その供給の大半が中国に集中し、政治情勢に脆弱であることから、地政学リスクの象徴として世界的な注目が集まっています。
風力発電やEVの普及が加速するほどレアアースの需要は拡大し、各国が“静かな争奪戦”を繰り広げる構図はしばらく続く見通しです。
日本企業が競争力を維持するためには、調達網の多様化、リサイクルの強化、技術革新による素材削減など総合的な対応が欠かせません。次回(第5回)では、資源価格の高騰が企業や家計の最終製品価格にどのように波及するかを整理します。
出典
・国際エネルギー機関(IEA)
・米国地質調査所(USGS)
・欧州委員会(CRMA関連資料)
・JOGMEC(レアアース関連レポート)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
