ハラスメント防止法制が現場マネジメントに与えた影響――「守る制度」が職場運営をどう変えたのか

人生100年時代
ブルー ベージュ ミニマル note ブログアイキャッチ - 1

職場におけるハラスメント防止は、近年、法制度として明確に位置づけられるようになりました。企業には防止措置の義務が課され、研修や相談窓口の整備、再発防止策の構築が求められています。
こうした法制は、働く人の尊厳を守るうえで重要な前進です。一方で、現場マネジメントの視点から見ると、管理職の行動様式や意思決定に大きな変化をもたらしていることも事実です。本稿では、ハラスメント防止法制が現場に与えた影響を、制度とマネジメントの関係から整理します。

ハラスメント防止法制の位置づけ

いわゆるパワーハラスメント防止に関する法制は、企業に対して「起きた後の対応」だけでなく、「起こさないための措置」を求めています。相談体制の整備、周知・啓発、迅速かつ適切な対応は、もはや努力義務ではなく、組織としての責任です。
この結果、ハラスメントは個人間のトラブルではなく、組織管理の問題として扱われるようになりました。この点は、現場マネジメントにとって大きな転換点です。

管理職の行動変容と萎縮

法制化以降、管理職の多くは「どう指導すれば安全か」「どこまで踏み込んでよいのか」を強く意識するようになりました。言動が記録され、後から検証される可能性が高まったことで、指導や注意を控える傾向も見られます。
結果として、業務上の問題があっても早期に指摘されず、評価や配置転換といった判断が先送りされるケースが増えています。これは、管理職の怠慢ではなく、制度環境の変化に対する合理的な反応と捉える必要があります。

指導とハラスメントの境界が現場判断に委ねられる問題

制度上は「業務上必要かつ相当な範囲の指導」はハラスメントに当たらないとされています。しかし、その判断基準は抽象的で、最終的には現場での解釈に委ねられています。
管理職は、結果責任を負う一方で、明確なガイドラインを持たないまま判断を迫られます。この構造は、現場マネジメントを属人的なものにし、組織としての一貫性を損なう要因となっています。

人事部門への権限集中と現場の空洞化

ハラスメント対応の高度化に伴い、判断や対応が人事・法務部門に集約される傾向も強まっています。これはリスク管理として合理的ですが、現場管理職の裁量が縮小し、「何かあれば人事に回す」という行動様式が定着しやすくなります。
その結果、日常的なマネジメントや関係調整が弱まり、問題が顕在化するまで放置されるリスクも高まります。制度が現場を守る一方で、現場の自律性を低下させる側面があることは否定できません。

メンタルヘルス対応との緊張関係

ハラスメント防止法制は、メンタルヘルス対策とも密接に関わります。部下の不調に気づいた管理職が声をかける行為は、本来、早期対応として望ましいものです。
しかし、その関わり方が精神的圧迫や干渉と受け取られるリスクを考慮すると、管理職は慎重にならざるを得ません。結果として、メンタル不調への初期対応が遅れ、重症化してから制度的対応に移行するケースも見られます。
ハラスメント防止とメンタルケアが、現場では緊張関係に置かれているのが実情です。

結論

ハラスメント防止法制は、職場における権力の乱用を抑止し、安心して働ける環境を整えるという点で、大きな意義を持っています。一方で、現場マネジメントにおいては、指導の萎縮、判断の先送り、権限の集中といった副作用も生じています。
重要なのは、制度を「守るためのもの」として現場から切り離すのではなく、マネジメントの一部として再設計することです。指導とハラスメントの境界を組織として共有し、管理職が一人で判断責任を負わない仕組みを整えることが求められます。
ハラスメント防止法制は、現場マネジメントを縛るための制度ではありません。適切に運用されてこそ、職場の信頼と持続性を高める基盤となるはずです。

参考

・厚生労働省「職場におけるハラスメント対策」
・上田紀行「職場をさいなむ『軽度』うつ」日本経済新聞(2025年12月13日)
・東畑開人『雨の日の心理学』KADOKAWA


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

タイトルとURLをコピーしました