デジタル資本市場の展望と専門職の挑戦 ― 株式トークンが変える金融・会計・税務の未来

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日本の資本市場に新しい波が押し寄せています。
三菱UFJ・三井住友・みずほの3メガバンクが出資するProgmat(プログマ)が、上場企業の株式を「デジタル証券」として24時間・1円単位で取引できるシステムを開発中です。
いわゆる「株式トークン」と呼ばれる仕組みで、ブロックチェーン技術を活用し、2026年中の運用開始を目指しています。

この動きは単なる技術革新ではなく、金融・会計・税務のあり方を根本から変える可能性を秘めています。
本稿では、これまでのシリーズで取り上げた論点を整理しながら、デジタル資本市場がもたらす変化と、専門職に求められる新しい役割を展望します。

■ 眠らない市場 ― 株式トークンの衝撃

株式トークンの最大の特徴は、ブロックチェーンを基盤とする24時間取引の実現です。
従来の証券取引所は時間的制約のもとに運営されてきましたが、ブロックチェーンの分散台帳構造により、理論上は「常時稼働する市場」が可能となります。
海外ではすでにロビンフッド社やナスダックが同様の仕組みを導入しており、日本の金融業界にも変革の圧力が強まっています。

投資家はいつでも世界の市場変化に応じて取引できるようになり、企業はより多様な資金調達手段を持つことになります。
これは、資本市場を「眠らない経済空間」へと進化させる動きの第一歩です。


■ 株主との関係づくりのデジタル化

ブロックチェーンの導入により、企業は株主情報をリアルタイムに把握できるようになります。
これまで年2回の株主名簿通知を待つしかなかった企業が、保有株数や保有期間を即座に確認できるようになるのです。

この仕組みは、株主優待やIR活動にも新しい可能性を開きます。
たとえば、保有株数や保有期間に応じたポイント制優待、オンライン限定イベントへの招待、NFTを活用した限定特典など、株主との接点がデジタル空間に広がります。
企業は「長期保有者を育てるIR」へと舵を切り、個人株主との信頼関係をよりきめ細かく構築できるようになるでしょう。


■ 税制・法制度の整備課題

一方で、株式トークンの普及には法制度と税制の整備が不可欠です。
株式トークンは金融商品取引法上の「電子記録移転有価証券表示権利」として位置づけられますが、税務面ではまだ制度的な明確化が進行中です。

売却益や配当は従来の株式と同様に申告分離課税20.315%が適用される見込みですが、NISAや特定口座制度への対応、ブロックチェーン上での名義管理や本人確認など、制度的課題は多く残っています。

さらに、24時間取引を可能にするには決済制度や取引監視体制の再設計が必要です。
技術の進化を支えるためには、法的根拠と税制インフラの整備が同時に進むことが前提になります。


■ ブロックチェーン会計と税務監査の新時代

ブロックチェーン技術は、会計・税務の世界にも直接的な影響を及ぼします。
すべての取引が時系列で改ざん不可能な形で記録されるため、監査や税務調査のあり方が変わります。
監査人はもはや「証憑を探す」のではなく、「ブロックチェーンの信頼性を検証する」ことが求められる時代です。

税務調査も、証拠書類を後追いで確認するのではなく、ブロックチェーン上のデータをリアルタイムに分析して異常取引を検出する方向へ進むでしょう。
AIとブロックチェーンが連携すれば、不正検知・内部統制・会計監査の自動化が現実になります。

その結果、税理士・会計士は「帳簿を確認する職業」から「システムとデータの信頼性を保証する専門家」へと変化していくことになります。


■ 専門職の再定義 ― 人間が担う「信頼の証明」

デジタル化が進むほど、専門職の役割はより本質的になります。
AIが申告や仕訳を自動化する時代に、税理士・会計士・FPに求められるのは「判断」「説明」「倫理」です。
ブロックチェーンが提供するのは「技術的な透明性」にすぎません。
そこに「社会的な信頼性」を与えるのは、人間による検証と説明の力です。

デジタル証券の課税関係やスマートコントラクトのリスク評価など、テクノロジーを理解した上で制度や倫理を結びつける力が、今後の専門職の中核的スキルになります。
税理士や会計士が制度と技術の橋渡しを行い、FPが生活者の資産設計に反映させる――この三者の連携が、日本のデジタル資本市場の信頼を支える基盤になるでしょう。


結論

デジタル資本市場の進化は、単なる金融技術の変化ではなく、「信頼の再設計」のプロセスです。
ブロックチェーンが制度の外枠を支え、AIがデータを解析し、人間の専門家が倫理と判断で補完する。
この三層構造の中で、税理士・会計士・FPは「デジタル信頼アドバイザー」として新しい社会的使命を担うことになります。

金融・会計・税務・IR――それぞれの領域がデジタルでつながる時代。
求められているのは、技術に追われることではなく、技術を理解し活かす力です。
日本の専門職がこの変化を機会として捉え、デジタル資本主義の時代にふさわしい「新しい信頼の形」を築けるかどうか。
その挑戦が、これからの10年を決定づける鍵になるでしょう。


出典

出典:2025年11月5日 日本経済新聞「『株式トークン』日本でも」
Progmat公式リリースおよび関連報道資料
金融庁「電子記録移転有価証券表示権利に関する指針」
日本公認会計士協会「ブロックチェーン技術と監査の将来」(2025年)
日本税理士会連合会「デジタル資本市場と税制の方向性に関する提言」(2025年)
IFAC「The Future of the Accounting Profession in the Digital Economy」(2024年)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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