1. ストックオプションとは ― 「将来の株式をいま約束する報酬」
ストックオプション(Stock Option)とは、あらかじめ定められた価格で自社株を購入できる権利のことです。
企業は役員や従業員にこの権利を与えることで、株価上昇の利益を共有し、長期的な業績向上へのインセンティブを与えます。
日本では、次の2つの制度に分かれています。
| 区分 | 特徴 | 主な対象 |
|---|---|---|
| 税制適格ストックオプション | 一定の要件を満たすと「行使時」課税が繰延べ | 上場企業・一部未上場企業 |
| 税制非適格ストックオプション | 権利行使時に「給与課税」される | ベンチャー・中小企業など |
2. 税制適格ストックオプションの要件(所得税法施行令第29条の2)
以下の条件をすべて満たすと、「税制適格」として扱われます。
- 会社法上のストックオプション制度(新株予約権)として付与されていること
- 権利行使価額が時価以上であること(イン・ザ・マネー付与は不可)
- 権利行使期間が付与決議日から2年以上10年以内であること
- 譲渡禁止条項が付されていること
- 大口株主や親族など特別関係者以外が対象であること
この要件を満たすと、行使時点での給与課税は発生せず、売却時に譲渡所得課税(税率20.315%)が行われます。
3. 税制非適格ストックオプション ― 行使時に課税される
一方、上記の要件を満たさない場合は「非適格」となり、
権利行使時に株価-行使価格の差額が給与所得として課税されます。
たとえば次のようなケースです:
権利行使価格:1株1,000円
行使時の株価:2,500円
差額1,500円 × 1,000株 = 150万円が給与所得
企業側では源泉徴収の対象となり、社会保険料も課されます。
その後、実際に株を売却して得た差額(売却時株価-行使時株価)は譲渡所得として扱われます。
4. ケース別:仕訳例で理解する課税タイミング
【ケース①】税制適格ストックオプション
(行使時には課税なし。売却時に譲渡所得課税)
| タイミング | 会計処理(企業) | 税務上のポイント |
|---|---|---|
| 付与時 | 仕訳なし | 給与課税なし |
| 行使時 | 資本金・資本準備金の増加 | 給与課税なし |
| 売却時(従業員) | ― | 株式譲渡益に対して20.315%課税(確定申告要) |
💡行使時に課税されないため、現金負担なしで長期的なインセンティブ設計が可能です。
【ケース②】税制非適格ストックオプション
(行使時に給与課税、売却時に譲渡所得課税)
| タイミング | 会計処理(企業) | 税務上のポイント |
|---|---|---|
| 付与時 | 仕訳なし | 給与課税なし |
| 行使時 | ||
| 借方:給与手当 150万円 | ||
| 貸方:資本金等 150万円 | 行使時点で給与課税、源泉徴収が必要 | |
| 売却時(従業員) | ― | 売却益(売却時株価-行使時株価)は譲渡所得 |
⚠️この場合、企業は源泉所得税の納付義務があります。未対応だと税務調査で指摘を受けるケースも多く見られます。
5. 実務で多い誤解と留意点
- 「非課税」と「課税繰延べ」は違う
税制適格でも売却時に課税されます。「課税を先送りできる」だけです。 - 付与時に費用計上できるのは会計上の話
税務上は行使時・売却時に課税イベントが起こるため、時期がずれることがあります。 - 未上場企業の株式評価が課題
非上場株の場合、時価の算定が難しく、税務上は第三者評価(DCF法など)が求められることも。 - 社会保険料への影響
非適格SOでは給与扱いとなるため、社会保険料も増加。総報酬制の観点からも注意が必要です。
6. 税務調査でのチェックポイント
会計検査院の調査によると、ストックオプションの行使益に関して課税漏れが相次いでいることが判明しています。
税務調査では以下の点が確認されます。
- 行使時の株価評価の妥当性
- 税制適格要件の充足状況(特に譲渡制限・権利行使期間)
- 源泉徴収漏れの有無
- 社会保険料の算定反映
企業は、付与契約書・議事録・株価算定資料など証拠書類を整理しておくことが不可欠です。
7. まとめ ― 株式報酬時代の税務実務
ストックオプションは、経営と従業員の距離を縮める強力な報酬制度です。
しかし一歩間違えば、税務上の扱いを誤り、多額の追徴課税につながるリスクもあります。
- 税制適格SOは「行使時非課税・売却時課税」
- 非適格SOは「行使時給与課税・売却時譲渡課税」
- 仕訳と課税タイミングを明確に整理する
この3点を押さえておくことが、実務上の第一歩となります。
人的資本経営が注目されるいま、税理士・会計人には「ストックオプションを数字で理解し、制度で支える力」が求められています。
📘 出典・参考資料
- 日本経済新聞「社員に自社株報酬 広がる」(2025年10月24日 朝刊)
- 会計検査院「ストックオプション課税に関する実地検査」(2024年度)
- 国税庁『ストックオプションに係る課税関係(FAQ)』
- 金融庁「税制適格ストックオプションに関するガイドライン」
- 企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
