政府は2022年に「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出し、資金調達額や企業数について野心的な数値目標を掲げました。スタートアップを成長戦略の中核に据える姿勢は明確ですが、近年、その政策効果が見えにくいという指摘が相次いでいます。
背景にあるのが、「スタートアップとは何か」という基本的な定義の曖昧さです。統計の前提が不明確なままでは、政策の成果も検証できません。本稿では、スタートアップ政策におけるエビデンス不全の構造を整理し、今後の課題を考えます。
スタートアップの定義が存在しないという問題
政府文書では「スタートアップ」という言葉が頻繁に使われていますが、公式な定義は示されていません。経済産業省の資料では「新しい技術やビジネスモデルを有し、急成長を目指す企業」と説明されますが、企業年齢や規模についての明確な線引きはありません。
一方、政府補助金の多くは「設立15年以内」を原則要件としています。ところが、統計上のスタートアップには設立15年以上の企業が相当数含まれていることが明らかになっています。この不整合が、政策評価を難しくしています。
「数は増えた」が意味するもの
政府はスタートアップ数や大学発ベンチャー数を政策効果の指標として用いています。しかし、その内訳を見ると、必ずしも成長途上の新興企業ばかりではありません。
設立から長期間が経過した企業、実質的に活動していない企業、さらには営利を目的としない法人までが同じ「スタートアップ」として集計されています。こうした状況では、数値が増えても「新陳代謝が進んだ」「イノベーションが活性化した」とは言い切れません。
大学発ベンチャー統計の歪み
大学発ベンチャーは、政府が特に重視する分野です。しかし、その実態も不透明です。
大学が報告するベンチャーの中には、実際の事業活動が限定的な法人や、長年存続している企業が含まれています。郵便受けだけが並ぶようなケースもあり、統計上の「創出」と実態との乖離が指摘されています。
数を重視するあまり、活動実態や成長性が十分に検証されていない点は、政策の信頼性を損ないます。
補助金政策とモラルハザード
日本のスタートアップ支援は国際的に見ても手厚いとされます。その一方で、線引きが甘いため、本来支援対象とすべき企業と、そうでない企業が混在しています。
補助金を受けられること自体が目的化し、市場での成長よりも制度対応に注力する企業が生まれるリスクもあります。結果として、補助金依存から抜け出せない企業が温存され、資源配分の効率性が低下します。
なぜエビデンスが重要なのか
政策は税金を原資として行われます。その効果を検証できなければ、改善も見直しもできません。
スタートアップ政策においても、企業年齢、成長率、雇用創出、資金調達の質など、複数の指標を組み合わせた評価が不可欠です。定義と統計が曖昧なままでは、政策の成功も失敗も判断できません。
結論
スタートアップ支援そのものが不要なのではありません。問題は、定義と統計が不十分なまま数値目標だけが先行している点にあります。
何をスタートアップと呼ぶのか、どの段階までを政策対象とするのかを明確にしなければ、政策効果は測れません。限られた財源を本当に成長可能性のある企業に集中させるためにも、エビデンスに基づく制度設計への転換が求められています。
参考
・日本経済新聞「〈エビデンス不全〉育たぬユニコーン(中) 新興統計に『設立15年以上』3割」(2025年12月17日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

