60代を迎えると、公的医療保険の仕組みが大きく変わるタイミングが訪れます。現役世代では勤務先の健康保険に加入している人が多い一方で、退職や年齢によって制度の切り替えが必要になるため、思わぬ負担増や手続き漏れが生じることもあります。
本稿では、75歳未満と75歳以上で分かれる医療保険制度の概要と、定年退職後の選択肢を整理します。
第1章 75歳未満の医療保険制度
1. 医療保険制度の3つの柱
日本の公的医療保険は、職業や年齢によって以下の3つに分かれています。
| 加入者 | 制度名 | 管轄・運営主体 |
|---|---|---|
| 会社員、公務員など | 健康保険(協会けんぽ・組合健保) | 協会けんぽまたは健康保険組合 |
| 自営業、フリーランスなど | 国民健康保険(国保) | 市区町村 |
| 75歳以上の人 | 後期高齢者医療制度 | 各都道府県の広域連合 |
65歳を過ぎても現役で働く人が増えているため、実際には60代後半でも会社の健康保険に加入しているケースが多く見られます。
2. 健康保険(協会けんぽ・組合健保)
会社員や公務員が加入する健康保険は、医療費の自己負担が原則3割で、家族(被扶養者)も保険の対象になります。加入中は病気やケガに対して「傷病手当金」などの給付を受けることも可能です。
一方で、退職などで資格を喪失すると、14日以内に他の制度(任意継続・国保など)に加入しなければなりません。
3. 国民健康保険(国保)
自営業やフリーランス、退職者などが加入するのが国保です。医療費の自己負担割合は健康保険と同じく原則3割ですが、保険料の算定方式が異なる点に注意が必要です。前年の所得を基に、市区町村が決定します。世帯単位で加入するため、扶養家族の分も保険料が発生します。
4. 75歳以上は「後期高齢者医療制度」へ
75歳になると、自動的に「後期高齢者医療制度」に移行します。保険料は年金から天引きされるのが一般的で、現役並み所得者を除き、医療費の自己負担は1割または2割に軽減されます。
ただし、同居家族の扶養関係はリセットされるため、扶養されていた配偶者などは新たに国保などに加入する必要があります。
第2章 定年退職後の医療保険選択 ― 任意継続と国保の比較
1. 定年後も働く場合
定年後の働き方によって医療保険の扱いが変わります。
- 再雇用などで同じ会社に残る場合:従来の健康保険に引き続き加入。
- 別会社にフルタイム就職する場合:新しい勤務先の健保に加入。
- パート・アルバイト勤務の場合:週20時間以上などの条件を満たせば加入可能。
健康保険に加入すれば厚生年金にも加入となり、将来の年金額増加にもつながります。
2. 働かない・フリーランスの場合の3つの選択肢
退職後に働かない、または自営業として独立する場合は、次の3通りから選びます。
| 選択肢 | 特徴 | メリット・注意点 |
|---|---|---|
| 健保の任意継続 | 退職した健保を最長2年間継続可能(加入期間2カ月以上が条件) | 付加給付や被扶養者の保険料免除あり/保険料は全額自己負担で高め |
| 国民健康保険(国保) | 市区町村で加入/前年所得で保険料を算定 | 退職翌年に所得が下がると保険料が軽減される場合あり |
| 家族の被扶養者になる | 配偶者などの健保に加入 | 保険料ゼロ/年収130万円未満など扶養要件あり |
3. 任意継続と国保の保険料比較
一般的に退職直後は任意継続のほうが有利なケースが多いとされます。
ファイナンシャルプランナーの試算によると、年収800万円・東京都在住のケースでは次のとおりです。
| 区分 | 保険料(月額) | 備考 |
|---|---|---|
| 協会けんぽ任意継続 | 約3万1000円(介護保険料除く) | 現役時代の保険料の約2倍 |
| 東京都江戸川区の国保 | 約6万6000円(世帯2人・配偶者無所得) | 所得に基づき算出 |
ただし、退職翌年以降は所得が減少するため、国保の保険料が安くなる可能性もあります。2年目以降に国保へ切り替える方法も選択肢の一つです。
第3章 手続きと注意点
- 手続きの期限:退職日の翌日から14日以内に、次の保険へ加入手続きを行う必要があります。
- 任意継続の申請先:勤務先の健康保険組合または協会けんぽ支部。
- 国保の申請先:居住地の市区町村役場。
- 比較のポイント:
- 扶養家族の有無
- 所得・退職金の額
- 2年目以降の保険料見通し
- 加入先の付加給付の有無
早めにシミュレーションを行い、将来の支出を見通しておくことが重要です。
まとめ
公的医療保険は、年齢・働き方・所得によって最適な制度が変わります。定年退職後の生活設計を考える際には、任意継続と国保の両方を比較し、2年単位での総コストを確認することが大切です。
「どちらが得か」だけでなく、家族構成や医療費負担、老後の年金受給時期との関係も含めて検討しましょう。
無保険期間を作らないためにも、退職前の準備が何より重要です。
出典
- 日本経済新聞「マネー相談 シニア世代の公的医療保険(上)制度・仕組み」
- 日本経済新聞「マネー相談 シニア世代の公的医療保険(下)退職時」(2025年10月29日付)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

