クロスボーダーM&Aは、成長戦略として一般化しました。日本企業が海外企業を買収するケースも、海外企業が日本法人を取得するケースも増えています。
しかし、M&Aは契約締結で終わりではありません。むしろ、買収後のグループ内取引こそが税務上の本番です。
その中心にあるのが移転価格税制です。本稿では、クロスボーダーM&Aと移転価格税制の接点を整理します。
移転価格税制とは何か
移転価格税制は、国外関連者との取引価格が独立企業間価格と異なる場合に、課税所得を調整する制度です。
簡単に言えば、グループ内で意図的に利益を移動させることを防ぐ仕組みです。
M&Aにより親子会社関係が生じた瞬間から、このルールが適用対象になります。
M&A直後に発生する主要論点
1.ロイヤルティ設定
買収後、ブランドや技術をグループ内で共有する場合、ロイヤルティ契約を締結することがあります。
その料率が高すぎれば、利益移転とみなされる可能性があります。逆に低すぎても、他国で否認されることがあります。
2.役務提供対価
親会社が経営管理サービスやIT支援を提供する場合、その対価設定も問題になります。
実際に提供されたサービスかどうか、対価算定根拠が合理的かどうかが審査対象になります。
3.無形資産の帰属
スタートアップ買収では、最大の論点は無形資産です。
ブランド、ソフトウエア、顧客データ、アルゴリズムなどの帰属先をどこに置くかで、将来の利益配分が変わります。
無形資産の価値評価は、移転価格調査で最も争点になりやすい領域です。
買収価格と移転価格の関係
M&Aの買収価格は、企業価値評価に基づきます。しかし、税務当局はその価格を移転価格分析の参考情報として利用します。
例えば、高額で買収した企業の利益がその後低水準に抑えられている場合、「利益移転の意図」が疑われることがあります。
つまり、買収時の評価ロジックと買収後の利益配分設計は整合していなければなりません。
PMIと移転価格設計
PMI(統合プロセス)では、業務統合だけでなく税務設計の見直しが必要です。
1.取引フローの再設計
2.利益分配方針の明確化
3.文書化義務への対応
移転価格文書は、単なる形式書類ではありません。ビジネス実態と一致していなければ否認リスクがあります。
クロスボーダー特有のリスク
1.二重課税
一国で所得が増額更正されても、相手国で対応調整が行われなければ二重課税になります。
相互協議(MAP)制度の活用可能性を事前に検討しておく必要があります。
2.恒久的施設(PE)問題
買収後に人員配置や意思決定機能が移動すると、PE認定リスクが生じます。
特に統合型経営を行う場合、機能・リスク・資産の所在分析が不可欠です。
スタートアップ買収の特殊性
デジタル企業の買収では、利益創出源泉が「人材」と「データ」にあります。
これらが国境をまたいで移動する場合、移転価格だけでなく、従業員の居住地課税、ストックオプション課税とも連動します。
無形資産の所在と人材の機能分析が、税務設計の中核になります。
設計段階で考えるべきこと
クロスボーダーM&Aでは、次の三つを同時に設計する必要があります。
1.企業価値評価
2.将来の利益配分モデル
3.移転価格文書化戦略
買収契約締結後に検討するのでは遅い場合があります。
結論
クロスボーダーM&Aは、価格の合意から始まり、価格の妥当性で問われ続けます。
移転価格税制は、買収後の利益配分を監視する制度です。企業価値評価と整合しない利益設計は、後に税務リスクとして顕在化します。
成長戦略としてのM&Aと、税務コンプライアンスとしての移転価格管理は分離できません。
国境を越える資本移動には、価格の説明責任が伴います。
それを設計段階から組み込むことが、クロスボーダーM&A成功の条件です。
参考
日本経済新聞 2026年2月26日朝刊
日本上場に関心示す新興
国税庁
移転価格税制に関する公表資料
OECD
移転価格ガイドライン
