日銀が発表した最新の資金循環統計では、家計の金融資産は2239兆円と過去最高を更新しました。しかしその裏で、60歳代で金融資産ゼロの世帯が増加しているという現実があります。金融経済教育推進機構(J-FLEC)の調査では、2024年時点で60歳代の単身世帯のうち27.7%が「金融資産ゼロ」と回答。200万円未満まで含めると42%にのぼり、2012年からの増加傾向が鮮明になっています。
本稿では、この「60代で資産ゼロが増えている理由」について、多面的に整理してみましょう。
1. 長期の低金利が資産形成を阻んだ
日本は1990年代以降、長らく低金利が続きました。バブル崩壊後のデフレ環境のなかで、銀行預金の金利はほぼゼロ水準に固定され、「預金しても資産が増えない」時代が続いてきたのです。
かつて高度経済成長期には、定期預金の金利が年数%つきました。「銀行に預けておけば勝手に増える」という経験を持つ世代もいましたが、今の60代の多くは、社会人として働き盛りだった時期に「金利ゼロ時代」を過ごしています。
その結果、老後に向けてコツコツ預金していても、増え方があまりに小さく、物価上昇には太刀打ちできませんでした。
2. 雇用環境と賃金停滞の影響
資産ゼロ世帯が増えている背景には、長期的な賃金の伸び悩みがあります。
特に非正規雇用で働いてきた人たちは、ボーナスや退職金に恵まれにくく、老後資産を積み上げにくい構造にありました。
総務省の統計によると、非正規雇用の比率は1990年代以降に急増し、現在では労働者の4割弱を占めています。今の60代はその転換期を通ってきた世代であり、正規雇用と非正規雇用の格差が、資産格差に直結しています。
さらに賃金の実質的な伸びはほとんどなく、可処分所得の余裕が小さかったことも、貯蓄の不足につながっています。
3. 住宅ローンや教育費の負担
60代といえば、子どもの教育費や住宅ローンの返済に追われていた世代です。
- 子どもの大学進学率が上昇し、教育費の負担が拡大
- マイホーム購入で長期ローンを抱えた世帯が多い
この二つが重なることで、「老後に向けての蓄え」よりも「目の前の支払い」が優先される生活になりやすかったのです。結果として、退職を迎えても金融資産が十分に残っていないケースが目立ち始めています。
4. 物価高による資産取り崩し
近年の大きな要因は、やはり物価高です。
食料品や光熱費など生活必需品の値上がりは、固定収入の高齢者にとって大きな打撃となっています。
第一生命経済研究所の熊野英生氏も指摘するように、低金利で利息収入を得られないまま、物価高に直面して貯蓄を取り崩す人が増えました。「資産を持っていても減りやすい環境」にあることが、ゼロ世帯増加の一因と考えられます。
5. 金融リテラシーと投資への消極姿勢
もう一つの要因は、投資に対する慎重さです。
NISAやiDeCoといった制度が普及したのはごく最近のこと。今の60代が現役時代に「長期投資で資産を増やす」という発想を持つのは簡単ではありませんでした。
- 株や投信は「怖い」「危ない」というイメージが強い
- 元本保証を好み、預金に偏りがち
- 制度を知った時には定年が近く、リスクを取れない
こうした理由で、投資に踏み出せなかった人が多くいます。その結果、株高やNISA拡大の恩恵を受けられず、資産形成に差がつきました。
6. 今後に残された課題
60代で資産ゼロ世帯が増えるということは、その後の生活に大きな影響を与えます。
- 年金収入だけでは生活が苦しい
- 医療・介護の自己負担が重くのしかかる
- 想定外の支出に対応できない
「資産を持つ人」と「資産を持たない人」の差は、そのまま老後の安心度の差となります。
同時に、資産ゼロ世帯の増加は社会全体の課題でもあります。生活保護や医療費補助など、社会保障の負担が増えるリスクにつながるためです。
まとめ
60代で金融資産ゼロが増えている背景には、
- 長期の低金利
- 雇用・賃金環境の停滞
- 教育費・住宅ローン負担
- 物価高による取り崩し
- 投資への消極姿勢
といった複数の要因が重なっていました。
「過去最高の家計金融資産」というニュースの裏側で、実は相当数の高齢者が不安定な状況にあることを見過ごすわけにはいきません。
👉 次回は「資産を築いた世帯はなぜ増えたのか?」に焦点を当て、3000万円以上の資産を持つ層の特徴を掘り下げてみます。
📌参考:2025年9月19日付 日本経済新聞朝刊
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
