日本の税制には、さまざまな「基準額」が存在しています。
所得控除の金額、非課税限度額、課税最低限など、税額計算の前提となる数値が制度の中に多数組み込まれています。
しかし、これらの基準額の多くは、一度設定されると長期間変更されない傾向があります。
例えば、食事の現物支給に係る所得税の非課税限度額は42年間据え置かれていました。
なぜ税制の基準額は長期間変更されないのでしょうか。
本稿では、日本の税制運営の特徴という観点から、この問題を整理します。
税制に多く存在する基準額
税制には、課税の仕組みを具体化するために多くの基準額が設定されています。
例えば、次のようなものです。
・所得税の基礎控除
・給与所得控除
・通勤手当の非課税限度額
・食事支給の非課税限度額
・各種所得控除の上限額
これらの数値は、税負担の水準や課税範囲を決定する重要な役割を持っています。
しかし、これらの基準額は制度創設時の水準のまま長期間据え置かれることも少なくありません。
税制改正の性格
税制の基準額が変更されにくい理由の一つは、税制改正の性格にあります。
税制改正は通常、毎年の税制改正の中で議論されますが、議論の中心になるのは次のようなテーマです。
・新しい税制の導入
・税率の変更
・政策目的の税制措置
これに対し、既存制度の基準額の見直しは、政策的な優先順位が低くなりがちです。
そのため、制度の枠組みが維持される一方で、基準額だけが長期間据え置かれることが起こります。
財政への影響
基準額の引上げは税収に影響を与える可能性があります。
例えば、所得控除の金額を引き上げると課税所得が減少し、税収が減少する可能性があります。
非課税限度額を引き上げる場合も同様です。
このため、基準額の見直しは財政との関係でも慎重に検討されることになります。
特に財政赤字が問題となっている状況では、税収減につながる改正は優先順位が低くなる傾向があります。
インフレとの関係
税制の基準額が長期間据え置かれると、物価上昇によって制度の実質的な意味が変化する可能性があります。
例えば、非課税限度額が据え置かれたまま物価が上昇すると、本来想定されていた水準よりも厳しい制度になります。
この現象は一般に「ブラケットクリープ」と呼ばれることがあります。
物価上昇によって実質的な税負担が変化してしまう現象です。
日本では長年デフレや低インフレの状況が続いたため、この問題が大きく意識されることは多くありませんでした。
しかし、近年の物価上昇により、長年据え置かれてきた基準額の見直しが議論されるようになっています。
令和8年度税制改正の動き
令和8年度税制改正では、長年据え置かれてきた税制の基準額を点検する方針が示されました。
その具体例が、食事支給の非課税限度額の見直しです。
この基準額は長年3,500円のままでしたが、今回の改正により7,500円へ引き上げられることになりました。
また、深夜勤務者の夜食代の非課税限度額も引き上げられる予定です。
これらの改正は、物価上昇を踏まえて制度の実態を見直す動きといえます。
税制の基準額と制度の持続性
税制の基準額は制度の細部に見える部分ですが、税制全体の運用に大きな影響を与えます。
基準額が長期間据え置かれると、制度の趣旨と実態が乖離する可能性があります。
一方で、頻繁に変更すると制度の安定性が損なわれる可能性もあります。
そのため、税制運営では制度の安定性と経済環境への適応とのバランスが重要になります。
結論
日本の税制には多くの基準額が存在していますが、その多くは長期間据え置かれる傾向があります。
その背景には、税制改正の優先順位、財政への影響、制度の安定性といった要因があります。
しかし、物価上昇や経済環境の変化が続く場合には、これらの基準額を見直す必要が生じます。
食事支給の非課税限度額の見直しは、その一例といえるでしょう。
税制は大きな制度変更だけでなく、このような基準額の見直しによっても少しずつ変化していきます。
税制の仕組みを理解するためには、こうした細部の制度にも目を向けることが重要です。
参考
税のしるべ
「食事の現物支給に係る所得税の非課税限度額などは今年4月1日以後に支給の食事で引上げ」
2026年3月9日
